脱炭素社会における個人での移動手段。
世界に目を向けると、近距離では自転車交通が新しい時代を迎えていますが、中距離では内燃機関を持たない電気自動車(BEV=Battery Electric Vehicle)で賄われることが、これからの将来のほぼ既定路線となっています。
日本では2010年から本格的な量産のBEV、日産リーフが世界に先駆けて普及をはじめましたが、車本体の価格や連続走行可能距離、充電スタンドなどの課題ばかりが大きな障害だという認識が社会に広がり、ここ数年で革命的に普及されている世界のBEVから周回遅れになったような状況に甘んじています。
今回は、産業技術総合研究所で長年太陽電池の研究員として従事されてきた櫻井啓一郎氏をお招きし、世界や日本での電気自動車の市場や政策、急速充電スタンドやバッテリーなどの技術面での最新動向について、個人的な見解としてレクチャーをしていただきました。櫻井氏は、ご自身もBEVを約7年愛用されています。
BEVのメリットとして、「乗り心地がよく、静か」「加速もスムーズ運転しやすい」「冬期でもすぐ暖房が効く」「構造がシンプルなのでメンテナンスコストが概して安い」「非常時の電源になる」「CO2排出量削減になる」などが挙げられます。一方デメリットとしては、「高い」「航続距離が短い」「充電に時間がかかる」「バッテリーの寿命が短い」「寒さに弱い」などが考えられてきましたが、技術革新により今はもう状況は変わってきています。
世界の新車市場においては、電気自動車の市場が急速に拡大しています。電気自動車(EV:PHV+BEV)の世界需要がほんの10年前の2012年には0.2%だったのに対し、2021年にはプラグインハイブリッド自動車(PHV)を除いた純粋な電気自動車(BEV)だけで8.3%、数十倍もの伸びです。
EVの普及が最も進んでいるノルウェーでは、何の義務も規則もないにも関わらず、去年は新車需要の6割がBEV、今年はさらに伸びて8割の見込みです。税金や高速料金でEVを優遇し、安く買って安く乗れるようにして充電環境を整えるだけで、これほど普及が進みました。EVを購入した人に調査をすると、約半数の人は「安いから」、続いて「環境保護」、「時間の節約」という理由で購入しています。北欧では、今ある技術だけで、EVが既存のガソリン車を駆逐できることが実証されています。
これほどEVが急速に普及した大きな理由は、バッテリーの価格がものすごく安くなったから。市場予測スピードよりさらに速く、価格が安くなり入手しやすくなっています。ニッケルもコバルトも使わない、寿命も長く安価なLFP型の普及も進んでいるので、将来的に太陽や風力などの変動再エネを一時的に溜めておくために使われていく可能性もあります。
欧米だけでなく、アジア新興国でも普及が進んでいます。タイでは、これまで日本メーカーのエンジン車が普及してきましたが、中国や台湾などの車メーカーを誘致しEV車生産に乗り出し、ハイブリッド車と変わらない金額でBEVが販売されています。インドネシア、マレーシア、ベトナムなどでも、投資誘致や税制優遇などでEV産業推進の動きが活発です。今中国がたくさんEV車を生産していますが、去年すでにエンジン車とそれほど変わらない金額でEVが売り出されています。中国はアフリカにも進出し、小型のEVを100万円くらいで販売する計画を進めています。中国では、新興EVメーカーが兆円単位を投資し競争力を持つEV大量生産のための新都市づくりなども始まっています。
EVの航続距離も伸びています。日産リーフが発売された10年前は、航続距離が百数十kmしかなくちょっと不便だったが、今や平均で約400kmに。600km超や1000kmのEVも出てきています。これを支えたのが、技術の進歩で、バッテリーのエネルギー密度が10年ほどで何倍にも向上しています。バッテリーは重くて嵩張り、長距離は走れない、という常識はもう過去のものです。充電時間も、昔は百数十km、1時間走行したら30分充電する必要がありましたが、今は例えばテスラでは200km、2時間走行したら、10分だけで充電ができます。サービスエリアに入り充電器につないでいる間、放置しておけるので、充電の間食事や買い物ができます。その後ガソリンスタンドにも行く必要がないので、充電インフラが整うと、実は時間が節約でき、使い勝手がかなりよくなるのです。バッテリーの耐久性も向上し、車体よりバッテリーの寿命の方が長いので、廃車からバッテリーを取り外して定置型で再利用するビジネスも出てきています。
ただ、欧米で進んでいる100kW~400kW級の超急速充電器網ですが、まだ残念ながら日本では整備が進んでいません。テスラ専用の充電器を除くと、日本では98%が90kW未満なので(2022年5月時点)、充電に非常に時間がかかるため、それも日本でEVの普及が進まない大きな原因と思われます。
EVはCO2排出量削減にも寄与します。最新のいろんな状況の変化を鑑み科学的に環境評価を行うと、EVの方がガソリン車より環境負荷が低いことはもう明らかになっています。
現在の日本の住宅は、7割が無断熱、またはほぼ無断熱なので、局所的な冷暖房が中心です。まだまだ石油ストーブなどの化石燃料も暖房に使用されています。災害などで長時間停電した際、寒冷時は燃料の備蓄ができますが、猛暑時はエアコンがないと熱中症で亡くなるリスクが高まります。住宅の脱炭素化には、まずは住宅の高断熱・高気密化が必要ですが、暖房もエアコンに切り替える必要があります。長期停電の際にはEVから給電できるので、住宅の脱炭素化や災害時対策としてもEVは寄与できます。
EVのコンセントは、ガソリンスタンドと違いどこにでも簡単に設置できます。数時間駐車をする自宅集合住宅、職場の駐車場には、急速充電器ではなく数kW~20kWくらいの低速充電器を設置し、数十分~数時間の比較的短期間しか駐車しないホテルやレストラン、ショッピングセンターや高速道路のSAなどの駐車場には、短時間で充電できる急速充電器を設置していくと普及が進むでしょう。
現在日本では、太陽光の電気は出力抑制など捨てられている余剰電力も多いですから、それをEVに充電できるといいですね。さらに昼間充電した太陽光の電気を、夕方の電力が逼迫する時間帯にEVのバッテリーから自宅で給電して使うことができるので、夕方に稼働している火力電力の削減や、国が海外から購入する燃料の削減にも寄与できます。余った再エネを活用できるのは、EVの大きなメリットです。
また、乗用車だけでなく、トラックやバスなどの大型車についても、EVは難しいから水素燃料という話も昔はありました、欧米では今はもうBEV化の動きが進んできています。
日本でも、一刻も早いEV普及のための社会インフラの整備が待ち望まれます