〈連載〉メンバー インタビュー
クラブヴォーバンは、「持続可能なまちづくり」を実現したいと願う、様々な人たちの情報交換のためのサロンです。ここには、都市計画や不動産・政策・住宅設計や再エネなど、様々なジャンルのプロフェッショナルで、職業も年代も様々でユニークな人たちが集まってきています。
”ここに魅力を感じて集まりコアメンバーとなる人たちが、それぞれどんな思いで仕事をし、クラブヴォーバンに関わっているか、ぜひ多くの皆さんに知ってほしい” ということで、エネルギー分野のライターとして活躍中の高橋真樹さんによる、インタビュー連載をスタートします!
2019年
11月
13日
水
第24回 仲埜公平((一社)集落自立化支援センター代表理事 /(一社)徳島地域エネルギープロジェクト推進室室長)
仲埜公平さんは、環境省や北海道下川町役場で勤務した経験を活かし、2018年に「一般社団法人 集落自立化支援センター」を設立しました。「自ら実践者として動くこと」をモットーに、小規模自治体を対象とした環境政策の立案や人材育成などのコンサルタント事業を手掛けています。
またクラブヴォーバンのメンバーとして、北海道ニセコ町でのプロジェクトにも携わっています。現在、下川町と東京の2拠点生活を送る仲埜さんから、地域の自立支援にかける想いについて伺いました。
■もっと現場に入って考えたい
Q:環境省からなぜ下川町の職員に転職したのでしょうか?
環境省に入った理由は、国立公園のレンジャーになりたかったからです。当時は漠然と、自然を相手に仕事をしたいと考えていました。でも実際に働いてみると、自然と向き合うというよりは、地域の行政や事業者、団体の方たちとコミュニケーションを取る仕事でした。私たちは美しい景観や貴重な自然を保全したいけれど、地域住民は開発してもっと便利で観光客が来る方がいいと考えている場合もある。でも開発が過剰になると、地域の良さも失われてしまいます。国立公園の現場では、そのバランスを調整する役割をしていました。
関わるうちに、地域のことをもっと理解したいと思うようになりました。けれど国の職員は2〜3年で別の部署に回され、地域にとってはいつもよそ者でしかありません。そういう立場の人も大切ですが、自分はもっと現場に近い所で考えてみたいと思い、環境省にいるときにご縁のあった下川町に、2010年末から8年間お世話になりました。
■どのようにアピールするかで結果が変わる
Q:下川町ではどのような仕事をされたのでしょうか?
僕が下川町役場で主にやっていたのは、新規の政策やビジョンをまとめる仕事です。役所のシステムは縦割りで、農林業とか、福祉、建設とかそれぞれが部署ごとに政策を立案しています。下川町は人口およそ3300人の小さな自治体ですが(2019年10月現在)、それでも同様の課題がありました。僕はよそから来た人間、国の役所も経験した人間として、各課の政策を統合してどのように尖らせ、町内外にアピールして、町の産業活性や移住者の増加につなげるかという担当をしていました。
統合的なまちづくりとして下川町が特に力を入れていたのが、「一の橋」集落の再生です。この集落は、下川町の中心市街地から車で10分ほどの距離にあり、かつては林業で栄えていた場所です。しかし、人口が100名ほどになり、高齢化、建物の老朽化、さらに除雪や買い物難民など、課題が山積していました。
そんな中で町は地区住民と議論を重ね、町の特徴である木質バイオマスを活用して、限界集落でも安定した暮らしを続けられるようにとプランを練ります。それが、エネルギー自給型の集落をめざす「一の橋バイオビレッジ」構想としてまとめられました。
私が役場に入ったのは、ちょうどその構想を国にどうやって認めてもらって建物や設備などハード部分を整備する財源を集めるかという段階でした。国が求めるストーリーにも合うように、環境と経済、社会の価値をバランスよく向上させてまちづくりを進めるというビジョンづくりに頭を悩ませましたが、幸いにも「環境未来都市」として認定され、その補助金も活用して2013年には木質バイオマス地域熱供給による集住化住宅「一の橋バイオビレッジ」が完成しました。
それでも、その集住化住宅が暮らしやすい場所になるかどうかは、実際に人が住み始めてみないとわかりません。プランに携わった責任も感じ、当事者として集落を盛り上げなければと考え、中心市街地からその集住化住宅に引っ越して1年間住み、その後付近に自宅を新築しました。バーベキューをやったり、中心市街地との交流会をやってみたり、もちろん集落の役員や行事も積極的に担いました。公共の投資でエリアを再開発するだけなら、比較的難しくはありません。本当の意味で地域を活性化するためには、そこからさらに個人の投資や活動が必要となってくるのです。
■集落レベルで問題を解決する
Q:2018年に、集落自立化支援センターを立ち上げました。なぜ「地域」や「自治体」ではなく、「集落」なのでしょうか?そして、具体的にはどのようなことをやっているのでしょうか?
地域というと、どこまでが地域なのか漠然としています。また自治体職員として働いた経験からは、市町村単位での物事の解決もなかなか難しい。住民もどこか他人事として受け止めてしまいます。でも集落単位で考えたら、多くの人にとってリアリティがあるし、変えられる可能性があると感じてもらえるのではないかと思いました。集落からスーパーがなくなるとか、除雪されなくなったらどうするかといったことは、まさしく自分ごとです。そのようなレベルから地域課題を解決していきたいと考えました。
自分の専門は環境や再生可能エネルギーといった分野ですが、依頼があれば何でもやっています。実際、やり始めたらありがたいことにいろいろな所からお声がかかって、せっかく建てた下川町の自宅には、たまにしか帰ることができなくなってしまいました(苦笑)。
いま具体的にお受けしている仕事は、温暖化対策や再エネ導入のコンサルティング、自治体の総合政策づくりや人材育成事業などさまざまです。地域の資源を活用して、地域の中でお金を回していく仕組みづくりが基本です。
とは言え、いきなり大きく変えようとすると既存の権益とぶつかる場合もあります。例えば、バイオマスで熱供給をしようとすると、燃料販売業者が灯油や重油を売れなくなって困ってしまいます。その面で、下川町はとてもうまく仕組みをつくりました。町内の燃料販売業者に、木質チップを製造販売してもらうようにしたのです。地域の関係者みんなが利益を得られるそのような政策は理想的だと思います。
■自分の可能性の気づくこと
Q:集落が自立するための課題は何でしょうか?
全国どこへ行っても、お金がない、人がいない、どうしたらいいかわからないと言われます。でも「お金がない」については、例えばやりたいことがはっきりしていれば、補助金を見つけてくることができます。補助金が全てダメというわけではなくて、ちゃんと目的があって、補助金がなくなっても継続していける仕組みにつながるのであれば有効に使えばいい。
「人がいない」というのは、最初から諦めているだけですね。何をやるにしても覚悟が必要です。場合によっては自治体の職員が、主導していく必要が出てくる地域もあります。自治体の職員は、日々の事務作業に追われていると、なかなかクリエイティブな発想になれないかもしれません。でもこれも訓練で、外の人とつながったり仲間が増えることで、積極的に企画を立ててお金を引っ張ってくるようになる職員もいます。行動を起こせば、実はいろいろできることがあると気づくものです。そんな意識の変革のお手伝いも、北海道地域経営塾として始めています。
Q:欧州にも視察に行かれていますが、そこで学んだことは何でしょうか?
下川町の職員だったときに、オーストリアに行きました。印象的だったのは、地域の人たちが何でも自分たちで改良していこうという意識が強いことです。例えば地域熱供給を行う配管やボイラー設備について、日本では最初から完璧を求めて設備が過大になり、施工費が嵩んでしまっています。でもオーストリアでは地域の人が「壊れたら自分たちで直せばいいでしょ」と答えるんです。技術的なことではなく、自分たちで何とかするというマインドを、もっと学ぶべきなのかなと思いました。
Q:最後に、持続可能な地域をつくるポイントは何だと思いますか?
小さなことでも、一つ一つ自分たちの力で手掛けていくことです。救世主もスーパーヒーローも現れません。役所でも住民でも事業者でも、人任せにせず自ら実践者として動くことで、身の回りを変えていくことは可能です。ひとりひとりが、自分自身の可能性に気づき、変革を着実に実現していける人になって欲しいと思います。僕は全ての地域の当事者にはなれませんが、実行をサポートしたりノウハウをお伝えすることはできます。クラブヴォーバンの皆さんとともに、いろいろな地域でお役に立てる存在になりたいですね。
2019年
10月
29日
火
第23回 田中健人(CVPTメンバー / (株)ノースアンビシャス代表取締役)
東京のITベンチャーで活躍していた田中健人さんは現在、北海道札幌市を拠点に企業や自治体などの情報発信をサポートする事業などを展開しています。
ニセコ町とクラブヴォーバンが委託した構想にも携わっている田中さんに、地元である北海道へのこだわりや、持続可能なまちづくりについての想いを伺いました。
■お金が地域の外に流れ続けている
Q:田中さんのお仕事は多岐に渡っている印象ですが、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?
僕は北海道札幌市を拠点に、企業や自治体、金融機関などを対象に、主に情報発信のお手伝いをしています。そこには、WEBや映像、VRなどのコンテンツ制作や、SNSやWEBを活用したマーケティングなどのコンサルティングも含まれます。
またそれとは別に、北海道で独自のメディアを立ち上げたり、地方の中小企業の情報発信を支援するWEBサービスをつくっています。また、映像分野では、一緒に創業した仲間制作した作品が第一回SDGsクリエイティブアワードで部門大賞を受賞するなど、活動の幅を広げています。クラブヴォーバンの関係では、代表の村上敦さんや代表理事の早田宏徳さんの出演するYou Tubeチャネルの製作支援もしています。さらに今後は、主に北海道の企業の事業継承や事業再生なども手掛けたいと構想しています。
Q:東京のITベンチャーで活躍していた田中さんが、出身地である札幌に戻ってこのような事業をやろうと思った理由は何でしょうか?
地元の本当の良さを感じたのは、東京で働くようになってからです。いつのまにか、札幌に戻って僕を育ててくれた地域に恩返ししたいと思うようになっていました。札幌は、都市と自然とのバランスがちょうどいい場所だと思います。海も山もあって、車なら30分でスキー場に行けます。食べ物は美味しいし、自然も豊富。住んでも家賃が東京と比べて安く住みやすいなど、良い所を挙げればキリがありません。
一方で、北海道はよく日本の縮図と例えられることがあり、「課題先進地域」という言葉でも表現されています。他の地域と比べて人口密度が少ないため、日本全体で起きている高齢化や過疎化、公共交通の破綻などの諸問題が、地域で顕著になっていくことが避けられません。
経済面の課題で言えば、例えば、農業や漁業など一次産業が盛んですが、多くの場合は原材料を供給するだけで、お金が地域に落ちる仕組みが十分ではない。例えば、三重県伊勢市の名物で知られる赤福の小豆の原料は、100%北海道産、もち米も北海道のものがほとんどです。ただ、赤福といって北海道を思い浮かべる人はいないと思います。
北海道は昔から「素材は一流」と言われるのですが、原材料だけでは十分に地域が稼ぐことができません。その素材に、より高い付加価値をつけることで、生産者を始め地域にも経済循環が生まれ始めます。もちろん、そんな商売っ気のなさも北海道人の魅力のひとつと言えるのかもしれませんが、お金が地域外に流れるという観点では、持続可能な地域づくりにはつながりません。その仕組みを変えることができれば、北海道はまだまだポテンシャルがあるはずです。
このような地域の課題を解消するカギの一つは、見せ方、届け方といった情報発信です。特に地域は、情報が不足していることが多い。そういった意味で、僕がやってきたIT分野の技術や知識が活かせるのではないかと考えています。
見方を変えると、これらの課題を解決できれば、これは日本の他の地域、あるいはアジア世界の他の地域がこれから直面する課題の先進事例を創ることできるチャンスだとも考えています。
■内側から町を広げていくためのサポートを
Q:クラブヴォーバンが手掛けているニセコ町とのプロジェクトで、田中さんはどのような役割を担っているのでしょうか?
クラブヴォーバンのメンバーとは、東京にいた頃から仕事をご一緒させていただいていました。3年前に札幌に戻ってからは、しばらく疎遠になっていましたが、2018年6月にクラブヴォーバンが、本格的にニセコ町と協力してまちづくりの仕事をすることになったことがきっかけで、再び一緒に仕事をさせていただくようになりました。
ニセコ町に限りませんが、自治体が新しいまちづくりをしようとか、新しい取り組みをしようとしたとき、一番弱いのは情報発信の部分です。すごく良い取り組みをしていても、それが伝わりきれなければ効果は半減してしまいます。
実際ニセコ町は、持続可能なまちづくりを目指すという、先進的で素晴らしいビジョンを持っています。でも現地で話を聞くと、大半の町民にはまだその想いやコンセプトなどが正しく理解されているわけではありません。
町に住んでいる人たちに話を聞くと、自分の町に誇りを持っていたり、愛着のある人がとても多いのも特徴です。この町を守っていきたい、住み続けたい人が多い、というのは大切なことです。持続可能な町にするためにはどうしたらいいか、というアイデアや意見を出し合いつつ、町民の方がどのようにしていきたいか、その想いを元に、僕らのような専門家たちがアイディアを形にして、町内、そして町外へ、その情報を発信していくことが大事だと考えています。
Q:具自治体や地方の仕事を手掛ける上で大事にしていることは何でしょうか?
「町を変えよう」という話をするとき、僕らみたいな外部の者が「こういう町にしよう」「他の町で成功した方法だから」と、押し付けるやり方はたいてい上手くいきません。理想のまちづくりは、その町に住み関わり続ける人がどうしていきたいのかという所から着想する必要があります。
僕らの役割は、それをサポートして叶えることです。まちづくりというと外から何か持ってこようだとか、他の町で成功した事例を何も考えずにやろうとかなりがちですが、内側から町を広げていこうという考え方が必要だと思います。
■小さな町でも驚くほどの人の賑わい
Q:クラブヴォーバンが目指すまちづくりの原点であるドイツのヴォーバン住宅地にも行かれたそうですね。どのようなことが印象に残りましたか?
2018年11月に、村上敦さんの案内ではじめて南ドイツのフライブルク、そしてヴォーバン住宅地を訪ねました。一番驚いたのは、市の人口が20万人ちょっとなのに町で見かける人の数がめちゃくちゃ多かったことです。何かのイベントでもあるんですか?と聞いたら、平日の夕方の日常だと言われたんです。「人間ってこんなにいるんだっけ?」と思いました(笑)。
都市部でばかり生活していると、わからないことかもしれませんが、地方では本当に人を見かけないことに驚きます。人の気配がしない廃れた商店街、空き家だらけの町、という現実が確実にあるのです。
地方で人が集まるのは郊外のショッピングセンターで、そこにはナショナルブランドの変わり映えがしないお店ばかりが並んでいます。フライブルクでは地元の商店とか小さなショッピングセンターも活気があって、町によってお店も町並みもガラッと変わる。そこでは、確実に地域での経済活動が行われていまし、地域外にお金が流れるかどうかという意味では、その違いは大きいと感じましたし、今でもその衝撃は残っています。
■一人ひとりが多様な選択肢を持てる社会を
Q:最後に、どんな未来をつくりたいとお考えですか?
ドイツのような国の地方都市には、東南アジアのようなこれから急激に成長をしていくエネルギーとは違う活気を感じました。他方で日本の地域は人も減っていき、経済基盤も縮小していくばかりで、負のスパイラルが着実に進んでいます。ドイツでは、地域のお金が域外に逃げずに地域内で循環する仕組みがあることはもちろんですが、それだけではないように感じました。住民には人生のゆとりがあって、やりたいことに打ち込める環境が整っているようにも思ったのです。
日本でも、もっと一人ひとりが選択肢を持てるような社会をつくることができるはずです。僕は、生まれ故郷でもある北海道という地域から、様々な事業領域を通して課題を解決し、理想の社会の実現に向けて、挑戦を続けていきたいと考えています。
まずは、今関わっているニセコ町で、地域のモデルとなるような形をつくりたい。微力ですが一つでも二つでも、掲げているコンセプトのまちづくりの実現に近づけていきたいと考えています。ニセコ町の役場の職員やまちづくりに関心の高い住民の方は、ドイツに学びに行くなど、高い熱量で持続可能なまちを本気で目指しています。その思いをサポートできるように、僕も力を出し尽くしたいと思っています。
2019年
8月
29日
木
第22回 加藤逍太郎(CVPTメンバー / SHTRKT一級建築士事務所主宰)
大学を卒業して設計事務所に務め始めた加藤逍太郎さんは、仕事をする中で、自分はどんな仕事をすればいいのか思い悩むようになったと言います。そんなときクラブヴォーバンと出会い、ドイツを訪問したことで、自分ができることを発見しました。
2018年には独立、設計に加えて建物の省エネ性能の分析や情報提供などを手掛けている加藤さんから、省エネ住宅普及への思いを伺いました。
■ドイツでは日本の建物を建ててはいけない?
Q:建築の世界で仕事をしていくことに悩んでいたそうですね?
高校からずっと、建築を仕事にしたいと思ってやってきました。でも、実際に働くようになり、仕事としてどういうふうに社会と関わったらよいのかわからなくなってしまったんです。その後、務めていた設計事務所を離れ、大学院でデザインの勉強をするなど模索を続けました。
そんなとき、2013年にたまたま村上敦さん(クラブヴォーバン代表)の講演会に参加します。それをきっかけに、村上さんたちが主催するドイツのまちづくりを学ぶツアーにも参加させてもらいました。ドイツで省エネ建築やまちづくりの重要性に触れたことで、自分の中で世界が広がっていきました。
Q:どのように広がったのでしょうか?
強く印象に残ったことが2つあります。ひとつは、街の表情がすごく豊かで美しかったことです。ドイツは都市計画がきっちりしていて、建築物にはたくさんの規制があります。日本の感覚からすると、自由が制限されているように感じてしまうほど規制が多い。となれば画一的な街になりそうなものですが、まったくそんな感じがしないのです。
例えば建物の外観だったり、使う素材や窓の形状だったり、あるいは自然環境との混ざり方などが多様で、日本の街よりもむしろ自由さを感じました。規制が、表現を制限する役割ではなく、目標を実現するためのガイドラインとして機能しているように感じました。
帰国後に聞いたことですが、訪問地の一つであるフライブルクのヴォーバン住宅地では、そのルール作りに住民が主体的に参加したそうです。行政が一方的に押し付けるのではなく、民主的に住民が話し合い、自分たちが住みやすく住み続けたいと思えるような、持続可能なまちとなるようにルールを決めていったから、多様性のあるまち並みが実現しているんだと納得しました。
もうひとつは、ドイツの建物に比べ、日本の建物がすごく遅れている事実を知ったことです。ドイツに行く前は、日本は技術もすごいし、建築は行けるところまで行ってしまったのかなと考えていました。
確かにデザインだけなら遜色ないかもしれません。ところが、省エネも含めた性能的な部分では、日本のほとんどの建物は性能が低すぎて、ドイツの基準では建ててはいけないレベルだったんです。これには衝撃を受けました。
■共通のものさしで省エネ性能を提示する
Q:ドイツで感じたことが、その後の仕事にどのようにつながったのでしょうか?
ドイツと日本との圧倒的な性能の差を知ったことは、ぼくにとってはプラスになりました。ある種、ポジティブな課題を発見した喜びというか、日本にはまだまだやれることがあるという可能性を感じたんですよね。
特に関心を持ったのは、「エネルギーパス」でした。これは、建物の省エネ性能を一般の人でもわかる形で表示する制度です。ドイツなど欧州の省エネ建築の進んだ国々で議論が進み、試行錯誤が繰り返され、現在はEU全体で建物の評価基準に指定されています。新築住宅だけではなく、リフォームした建物や大きなビルなどすべての建物を同じ土俵で比較しているのが特徴です。ひとつの建物だけをすごくいいものにしようということではなく、同じものさしで提示して、一般の人がより良いものを選びやすくするという主旨に共感しました。
帰国後すぐに、クラブヴォーバンから派生した一社エネルギーパス協会がやっているエネルギーパスの講習を受けました。そして「エネルギーパスを使って、日本で省エネ性能の高い建物を増やしたいから、そういうビジョンのある企業を紹介して欲しい」と言ったら、一社エネルギーパス協会とその普及促進を進めている会社(株式会社日本エネルギー機関)との兼務で「明日からうちで働いて」と言われたんです(笑)。それで2014年から4年間、エネルギーパスの普及を中心に活動するようになりました。
Q:具体的にはどのような仕事をしたのでしょうか?
当時の日本では、建物の性能についての共通の基準がありませんでした。そこで、まずエネルギー性能表示の考え方自体を広めようという目的のもと、全国で講習を実施して、計算できる人を増やしていきました。ぼくは認定講師として、エネルギーパスの考え方や、エネルギー計算ソフトの使い方などを伝えました。
そこでわかったのは、建築業界の中でも省エネ建築について知っている人が少ないという事実です。でも講習には毎回たくさんの人が参加してくれて、この課題を自分ごととして真剣に取り組もうとしている人が増えていることも実感することができました。講習を受けていただいた方の中には、「日本の建物の性能の悪さがさまざまな問題を招いているという課題を知ってしまったからには、目を背けてはいられない」と語ってくれた方がいます。そのような方たちと出会えたことはとても良い経験になりました。
■省エネ住宅を必要とする人たちに提供できる社会を
Q:独立された現在は、どのようなことをされているのでしょうか?
会社からは2018年に退職して、独立しました。自分のスキルを活かして、省エネ住宅の普及に貢献するためにはどういたらいいのかを自ら考え、実際に現場で作る仕事を優先したいと考えたからです。現在は、クラブヴォーバンの活動やその代表理事である早田さんが経営する株式会社ウェルネストホームとは、外部の設計士として関わらせてもらっています。
クラブヴォーバンが主催する「持続可能な発展を目指す自治体会議」では、自治体のエネルギー政策を考える上での検討材料をつくるために、公共施設のエネルギー性能の評価や分析をさせていただいています。
また、設計事務所の方からエネルギー計算の依頼を受けて評価を行ったり、アドバイザーのような形での情報提供も行ったりしています。独立してやりたいと思っていたことが、徐々に形になってきたところです。
Q:これからどんなことをやっていきたいと思っていますか?
2つあります。ひとつは、環境や健康に負荷の少ない建物を普及させることです。その中でぼくが果たす役割は、エネルギー性能を分析してデザインすることです。エネルギー性能の計算だけなら、ある程度勉強した人がツールを使えば数字を出すことはできます。でも分析は別です。
建物のどの方向からどれだけのエネルギーが入り、どんな数値になるのかについては、季節や立地、デザイン、建材の特性などさまざまな要素が関係してくるため、一軒ずつ全部異なってきます。そのうえで、限られたコストでどうやってエネルギー性能を向上させられるか、設計士と一緒に分析する必要があります。そういったことを総合的にできる人は、日本ではまだとても少ないのが現状です。その点についてはぼく自身もまだまだ勉強中ですね。
もうひとつは、省エネ住宅を必要とする人たちに提供できる社会の実現です。新築を建てられない、あるいは建てる必要のない人たちは大勢います。既存住宅の省エネリフォームや、賃貸住宅の性能向上が現在より手軽にできれば、その人たちも省エネ住宅に住むことができるようになる。
新築よりもリフォームのほうが技術的には難しいし、場合によってはコストもかかってしまいます。それだったら壊して新築をとなってしまうのですが、家を社会的な資源と考えるともったいないことになります。その点では、省エネリフォームを進めやすくするように、自治体の補助金制度を見直してもらう必要もあるのではないでしょうか。
クラブヴォーバンは、専門性を持った人たちが集まって、共同してまちづくりを手掛ける組織で、自分も楽しみながら関わらせてもらっています。ぼくも関わらせていただいている北海道ニセコ町のこれからの展開も含めて、日本社会の可能性がここから広がっていくように思っています。
2019年
7月
25日
木
第21回 陶山祐司(CVPTメンバー /(株)至真庵 代表取締役 / (株)WELLNEST HOME 経営企画室長)
陶山さんは、2011年の東日本大震災のとき、経済産業省でエネルギー政策を担当していました。その後は日本経済の活性化を目指し、様々な分野でベンチャー企業の立ち上げを支援してきました。
そして2018年から参加しているクラブヴォーバンでは、これまでの経験を活かして、地方自治体における施策の計画づくりのサポートなどを手がけています。さまざまな領域にまたがって挑戦を続ける陶山さんから、日本の課題やめざす社会の形について伺いました。
■入省の一年後に大震災を経験
Q:東日本大震災が起きたときは、エネルギー担当をされていたそうですね?
経産省に入省したのは2010年で、配属先は資源エネルギー庁の総合政策課です。当時は新人だったので、政策の中身よりも、スケジューリングやもろもろの調整をする仕事を担当していました。震災が起きたのは、1年目が終わろうとする頃です。3月11日に、ちょうど僕たちが担当する法案が閣議決定されほっと一息ついているときに、地震が起きました。
急いで被害状況の確認をすると、東日本各地でかなりの発電所が止まっていることがわかりました。製油所も被災したので、あちこちで燃料が足りていません。そこで燃料がどこでどれだけ不足して、どうやって届けるのかという調査や連絡、輸送の調整に追われました。
また震災の翌々日には、計画停電が発表されました。しかし計画停電は、23区内は停電対象外としたため、停電地域が偏るなど不公平感も強く、いろいろな所から電話で要望やクレームを受けました。僕自身も電話対応に当たりましたし、スムーズに対応できるようにする体制をつくるなどして、慌ただしく過ごしました。ようやく落ち着いてきたのは、4月に入ってからです。2011年の秋には、今後のエネルギー政策を見直す議論の枠組みをつくり、「革新的エネルギー・環境戦略」の策定にも携わりました。退職したのは2014年です。
■課題解決のためにできること
Q:なぜ経産省を退職されたのでしょうか?
もともと一生続けるつもりはありませんでした。一つの道を極めるよりも、いろいろな世界を見たいという好奇心があるので。最大の理由は、いまの日本が抱えている問題は、ひとりの役人として解決できるレベルを越えていると実感したことです。もっと中長期的なビジョンを持って根幹を変えていかないと、役所の中でキャリアを積み重ねたとしても、日本が直面する課題は解決できないだろうなと考えました。
Q:具体的にはどのような課題でしょうか?
例えば、社会保障費の問題です。日本全体の財政の予算規模は年々増加していますが、ほとんどが医療や年金、介護、福祉などといった社会保障費です。このままでは他の予算を圧迫して、国として成り立たなくなるリスクも抱えています。
もし将来的に政府の財政が破綻すると、日本の人々の生活は大きな影響を受けるでしょう。夢を叶えたいのに、教育を受けられない若者が出ます。本来は助かるのに、医療が受けられないために亡くなる人も出てきます。そんな社会にしないために何ができるのかと考えたときに、ここまま省庁にいるだけでは難しいという思いがありました。
■日本の未来を担うベンチャーを育成
Q:どのような方法で日本を変えようと考えたのでしょうか?
経産省の最後の2年は、電機産業の担当をしていました。日本がもともと強かった分野ですが、現在では日本企業から有力な新しいサービスが出てきません。それはなぜかという問題意識のもと、ベンチャー企業の方にお会いしたり、イノベーションについての調査を続けたりしました。わかったことは、日本でもっと新しい発想を元にした事業や産業をつくることできなければ、中長期的に日本経済を強くすることができないというものでした。
そこで、経産省をやめて設立したばかりのベンチャーキャピタルに参画しました。ベンチャーキャピタルとは、まだ上場していないベンチャー企業に出資をして、経営支援をしながら成長を促進する会社です。将来的にそのベンチャー企業が上場したらリターンが得られる仕組みです。そこで日本経済の未来を担うような、さまざまな分野のベンチャー企業をサポートさせてもらいました。
役所にいるときは、規模が大きく実績があるような企業、人の動きしか見えていませんでした。でも、ベンチャーの世界は「ゼロ」から「1」を立ち上げる動きなので、まるで違った世界が見えたことは、僕にとって大きな収穫でした。
■持続可能なまづくりへの関わり
Q:昨年(2018年)からクラブヴォーバンに参加した経緯と、陶山さんの役割について教えてください
知人と通してつながった早田宏徳さん(クラブヴォーバン代表理事 /(株)ウェルネストホーム創業者・CEO)から、新しい事業を一緒にやらないかと誘われたのがきっかけです。僕は当初、住宅産業は人口減少とともに右肩下がりになっていくので、厳しいのではないかと考えていました。でも早田さんのお話を聞くうちに、単なる住宅事業ではなく、環境やまちづくりなど世の中のためになる取り組みをしていることを理解できました。この人たちとだったら、日本の住宅やまちづくりに関わる課題を、長期的な視点で変えていけるのではないかと考え、ウェルネストホームとクラブヴォーバンに参画させていただくことになりました。
僕の強みは、複数の分野で新規事業の開発を支援してきた経験があることです。例えば、クラブヴォーバンと繋がっている自治体が新しい取り組みを行おうとしたときに、国との連携のとり方や資金調達のアドバイスなど、さまざまな領域でお役に立てることがあるかと思います。
■日本のまちづくりの難しさ
Q:陶山さんは、どのような関わりをされたのでしょうか?これからどのようなことをしていきたいでしょうか?
ニセコ町のプロジェクトでは、ドイツ在住のジャーナリストである村上敦さん(クラブヴォーバン代表)が中心となり、環境モデル都市としてのアクションプランをつくりました。アクションプランは、環境、住宅、交通、観光、エネルギーなどさまざまな分野で、持続可能なまちづくりを進める政策をパッケージにしていこうというものです。
その中で僕は、報告書をとりまとめるに当たり、どのようなスケジュール感で、何を押さえておくべきか、報告書にどういった内容を盛り込んでいけばよいかといったことなどをインプットさせていただき、報告書全体の整理なども手がけました。
Q:この一年でクラブヴォーバンやニセコ町のプロジェクトに関わる中で、どのようなことを感じましたか?
もっとも印象深かったのは、中長期的にまちづくりを考えて、みんなで議論して物事を決める大切さです。昨年(2018年)、ドイツのフライブルクにあるヴォーバン地区を村上さんの案内で訪れました。そこでまちづくりに関わっている方に話を伺ううちに、フライブルクでは、極めて計画的にまちづくりを行ってきたことがわかりました。
住民も含めて、関係者がみんなで徹底的に議論して合意しながらみんなの利益になるようにまちをつくってきたという背景がある。例えば乱開発されないようにここにみんなで住もうとか、道をどう整備しようといったことをひとつずつ決めてきたのです。
それに対して、日本では良くも悪くも「個人の自由が強すぎる」ように感じます。戦後に人口が爆発的に増え、社会が成長していく時代には自由が大事だったと思います。でも現在のような成熟社会になると、もっと議論してみんなの利益になるような効率的なまちづくりを進めていく必要が出てきています。
例えば人口5000人のニセコ町には、都市計画がつくれません。人口が1万人以下の自治体では制度上、都市計画がつくれないのです。そのため計画的なまちづくりが難しくなり、土地の所有者の自由度が強すぎてしまう。それによって、開発は土地所有者のモラルに頼るしかないので、乱開発を抑止するような制度は改善されるべきでしょう。
ドイツを見ると、日本では、まちづくりのためにまだまだやれること、あるいはやるべきことがたくさんあるなと感じました。
■誰もが好きなことに打ち込める社会に
Q:最後に、どのような未来をめざしていますか?
僕は、小学2年から大学2年までずっと野球に打ち込んできました。思う存分野球をやらせてもらい、自分で納得してやめるまで続けることができました。それができた背景には、身近では家族や周囲の人々の支えがありました。また、広い意味では地域社会やこの国が営々と積み上げてきた社会の仕組みがあったからこそできた、という側面もあると思っています。いま、その社会制度がゆらいでいます。
僕は自分にとって野球がそうであったように、いまの子どもたちにも個々人が本当にやりたいことに打ち込み、内面的にも成長することができるよう、好きなことを自由に追求できる社会をつくりたいと考えています。それが持続可能な社会と言えるのかもしれません。これまでいろいろな仕事をしてきましたが、経産省にいたときも、ベンチャーキャピタルでも、そして現在も、そのこだわりは変わっていません。
2019年
7月
09日
火
第20回 小林直昌(CV主任研究員 / 真建築事務所)
出身地である福島県いわき市を拠点に活動する小林直昌さんは、高性能住宅「ウェルネストホーム」のモデルハウスを、全国各地で設計してきました。小林さんがいち早く省エネ建築を手がけるようになったきっかけには、彼の人生を変えたドイツ訪問と福島を襲った原発事故の経験がありました。
「若い人たちに省エネ建築のノウハウを伝えるのがいまのぼくの役割」と語り、積極的に人材育成に取り組む小林さんから、未来の街づくりについてお聞きしました。
■白紙から形をつくる
Q:建築家になった経緯や、クラブヴォーバンとの出会いについて教えていただけますか?
子どもの頃から工作が好きで、大きくなってからもモノを作る仕事に憧れていました。大学では建築を専門にして、卒業後は地元のいわき市で設計事務所に務めました。それから36年間、ずっと建築の道を歩んでいます。設計の仕事は、何もない白紙の状態から一本ずつ線を引いて建物をつくるので、やりがいを感じてきました。
一社クラブヴォーバン代表の早田さんと出会ったのは、十何年か前だったと思います。当時の早田さんは、これまで培ってきた家造りのノウハウや営業の仕方についてのセミナーを、全国で開催していました。いわき市で行われたセミナーに、私が参加したのです。私はそれまで主に店舗や体育館を手がけていて、一般の住宅はほとんどやっていませんでした。一般のお客さんを相手にする家造りもしたいと考えていた時期だったので、どのようにすればよいのかという基本的な考え方を教えてもらい、参考になりました。
その後、早田さんがドイツに通い、世界基準の高気密高断熱のエコハウスを研究するようになりました。彼から「小林さんも絶対行ったほうがいい」と促され、ドイツの街づくりや家造りの考え方を学びました。それがあまりに日本のスタンダードと違うので、驚きました。
■体育館や刑務所も寒くない
Q:ドイツでは、具体的にどんなことに驚いたのでしょうか?
例えば、断熱材の厚みです。当時の日本では、10センチもあれば「すごいね」と思っていました。ところがドイツでは30センチは当たり前で、40センチのものも珍しくありません。窓ガラスも3枚(トリプルガラス)が標準でした。住宅だけではありません。例えば学校の体育館も住宅と同じようにものすごく断熱されていました。体育館を作っていたからよくわかるのですが、日本の体育館の壁なんてペラペラで、まったく断熱などしていません。大違いです。
なぜそこまでやるのかと理由を聞けば、ドイツでは「暑さや寒さから身を守ることは基本的人権」になっているということでした。子どもが使う体育館だって、寒すぎる環境にするのは人権侵害だという考え方なんです。囚人が入る刑務所だって、しっかり断熱されています。このように、どんな建物でも真冬に18℃以下にならないように作られている。それがとにかく衝撃でしたね。
■150年先を見据えた街づくり
Q:他にどんなところが印象に残っていますか?
美しい街並みがすごく印象的でした。都市部であっても日本と比べて緑が多く、森の中に街があるように感じました。それから、自動車中心、道路中心の街づくりを変えようとして、路面電車を積極的に活用するエリアも増えてきています。
街並みを際立たせていたのは、100年や200年経った古い建物です。古いものに価値を置き、ずっと大切にしている姿勢が素晴らしいと感じました。さらに古い建物であっても、やはり室内は寒くありません。訪れたのは冬だったので外はすごく寒いのですが、家に入るとどの部屋にいっても寒くない。外観は昔の建物のままでもしっかり断熱リフォームがされていたのです。
ドイツでは、家が150年や200年長持ちするのは当たり前です。それは、150年後の街並みを想定して街づくりが進められてきたということでもあります。苗を植えれば100年後には森になる。日本ではそういうビジョンで木を植えたり、街づくりがされてきたわけではありません。その差に愕然としました。
■引き渡し直前に起きた大地震
Q:東日本大震災の経験を教えてください
ドイツで学んだことを取り入れ、長持ちして燃費がよく、快適でメンテナンスコストかからない家を、日本でも造りたいと思いました。早田さんがコンセプトをまとめ、私が設計して、いわきで初めて低燃費住宅(現ウェルネストホーム)を建てたのは、2011年のことです。ところが完成してお客さんに引き渡す直前に、東日本大震災が起こりました。
いわきでも震度6強の揺れがあり、壊れた建物も多かったので、心配になって新築した家を見に行きました。驚いたことに、あれだけの揺れだったのに、外壁にヒビひとつ入っていませんでした。自分で建てたとはいえ、その頑丈さに「これはすごい!」と感動しました。
■原発事故がもたらした決意
Q:その後の原発事故では、避難も経験されたそうですが?
当時は情報が錯綜していたので、念のために家族で自主避難をすることになりました。1ヶ月ほど経って少し落ち着いてきたころ、子どもたちの学校が始まるのでいわき市に戻りましたが、一時は「もう戻れないかもしれない」とも考えました。
福島で暮らしてきた私にとって、「原発は安全」で「小さなエネルギーで発電できる」という話を信じ込まされてきたので、「まさかこんなことになるとは」という思いでした。避難先では、当時小学生と中学生の子どもたちはやることもなく、学校再開の見通しもわからないこともあり、大きなストレスを抱えました。
いわきに戻ってからは、既存の建物がエネルギーを無駄に垂れ流していることを、それまで以上に意識するようになりました。自然エネルギーを増やすことも大切ですが、それだけではいけない。建物の省エネによって、原発何基分ものエネルギーを減らすことができます。あんなにひどい事故のリスクを抱えた発電所なんて、ないほうがいいに決まっています。これからはエネルギーを無駄遣いしない建物を増やすことで、原発のいらない社会を実現したいと強く決意しました。
■個別の建物だけでなく、街づくりもセットで考える
Q:これからどのようなことをしていきたいでしょうか?
学生時代は建築の勉強をしましたが、建物の耐震性や温熱環境、そして持続可能性については何も教わりませんでした。いまの大学でも、エネルギーの話はほとんどしていないはずです。ドイツの建築業界は、エネルギーはもちろん外構や街並みもセットで考えるのが常識になっているようです。そこから、生き方や価値観を含めて学べるところが多いと感じました。
これから何ができるかを考えると、個々の住宅を建てるだけではなく、街づくり全体に関わり、子どもたちに持続可能な社会を残したいと思っています。そのような意味で、クラブヴォーバンの携わる北海道ニセコ町の街づくりに参加できた経験は、大きな財産となりました。
日本社会でも東日本大震災をきっかけに、建物の省エネや断熱について話題に昇るようになってきました。私たちのところへ来る問い合わせも、10年前とは比べ物にはならないほど増えています。私は若い世代に、自分の知識や技術を引き継ぎながら、そのような動きをどんどん広げたいと思っています。
2019年
5月
07日
火
第19回 今泉太爾(CV理事 / 一社日本エネルギーパス協会代表理事 / 株式会社アールデザイン代表 )
不動産仲介業に携わってきた今泉太爾さんは、家の築年数で価値が決まってしまう建物評価制度に疑問を抱いてきました。そして、2008年にドイツを訪問したことをきっかけに、中古マンションの断熱リフォームを手がける傍ら、世界基準のエコハウス開発に乗り出します。
また、建物の性能を客観的に評価する基準を広めようと、「日本エネルギーパス協会」を設立、国や自治体などでも発言を続けてきました。クラブヴォーバン設立当初から中心的な役割を果たしてきた今泉さんに、日本が持続可能な社会になるためのポイントを伺いました。
■住宅に付加価値をつけたい
Q:中古マンションのリフォームをされるようになった経緯を教えてください
父が浦安で不動産業をしており、ぼくはそれを引き継いだ二代目です。何か明確な目標があって、この世界に入ったわけではありません。仕事をしながら気がついたのは、不動産業界は金儲けのことだけを考えているずる賢い人が得する構造になっていることでした。いま問題になっているレオパレスは完全に違法ですが、そこまでいかなくても、法律スレスレの所を狙えばすごく儲かる。でもぼくは、そこを目指そうとは思いませんでした。
ぼくの父は、弁護士を目指していた真面目な人です。そういう人が不動産をしているのは珍しいと評判になり、コツコツやっていたので信頼してもらえるようになった歴史があります。だからぼくも、儲からないし苦労はするけれど、人に喜んでもらえるような仕事をしたいと思うようになりました。
不動産業で何ができるかと考えると、品質のばらつきが大きい建物に興味が湧きました。単に土地や建物を受け渡すのではなく、自分が付加価値を付けて、良質な住宅にして売ることで、住む人の生活の質を向上させることができるようにするには建物を高品質化することが欠かせない。そこで、中古マンションのリフォームを手がけるようになりました。ぼくがこういうことをやり始めた当初、リフォーム業者で断熱の大切さを掲げる会社は皆無でした。いまでは徐々に増えてきていますが、まだまだ少数派であることに変わりはありません。
■ドイツとの差は、建物の性能だけではなかった
Q:本業と並行して、世界基準の省エネ、長寿命なエコハウスの建築も手がけるようになりました。そのきっかけを教えてください
建築の勉強をして、それなりにレベルの高い新築やリフォームができるようになってきたと思っていた頃、早田宏徳さん(現クラブヴォーバン代表理事)と出会いました。2008年に、彼に誘われてドイツの建築を視察した際、日本の住宅との圧倒的な差に驚かされました。
日本の住宅のスタンダードはレベルが高くないので、ちょっと勉強をすれば割と簡単に国内トップレベルのものを作れてしまう。でもグローバルな視点で見ると、日本のトップはまったく低いレベルでしかないことを思い知らされました。
ドイツで受けた衝撃は、それだけではありません。社会全体の環境意識とか、外部コストへの意識がまったく異なっていました。どういうことかと言うと、日本だってハウスメーカーはそれなりに快適な住宅をめざしてきました。でもそれは、エネルギーをいっぱい使って全館空調をガンガン回して、室温を快適に近づけるといった発想が主流です。ドイツでは、環境負荷をたくさんかけるそのような住宅はまったく評価されていませんでした。
建物に限りませんが、持続可能かどうかを評価する基準として、「外部コスト」という考え方があります。外部に迷惑をかけて、負担させているコストも含めて、その建物なり設備が本当にエコかどうかを評価するものです。日本人は、自分たちは環境意識が高いと思い込んでいますが、このような外部コスト(環境負荷等)に無頓着な方が多いように感じます。自分たちの見えないところで影響が出ていても気が付かない、というのは環境意識が高いとはとても言えません。ドイツでそのことに気付かされました。
ドイツから帰国して、国際的にも評価されるような「暮らしの質が良くなる家」をつくりたいと考えました。当初はどこかのハウスメーカーやパワービルダーと一緒にできればと考えましたが、2008年当時、そのようなビジョンを共有できるメーカーを見つけることができませんでした。そこで、早田さんたちと共に自分たちでエコハウスを開発したのです。それがウェルネストホーム(旧低燃費住宅)になります。
■家の性能を測る共通のものさし
Q:「エネルギーパス」について教えてください
「エネルギーパス」は、EU全土で義務化されている「家の燃費」を表示する証明書です。ぼくたちは2011年に日本エネルギーパス協会を発足させ、日本でも「家の燃費」という概念を広めようと活動してきました。
自動車を例にとると、「月のガソリン代が1万円」と言っても、走った距離がわからなければ燃費が良いかどうか判断ができません。住宅もそれと同じで、「うちの光熱費は年間10万円」と言っても、燃費についてはわかりません。年間を通じて快適に過ごした光熱費が10万円だったのか、あるいは暑さや寒さを我慢してギリギリまで節約した結果が10万円なのかで質が変わるからです。そうした家の燃費性能を、公平に評価をするための共通の「ものさし」として開発されたのが「エネルギーパス」です。
日本では住宅の価値は築年数で決まりますが、エネルギーパスが義務付けられているEUでは、家の燃費が重要視されています。消費者が燃費を判断基準にするため、燃費の悪い家は、賃料や販売価格が割安になります。そこで家の貸し手やつくり手は、できるだけ家の価値を高めようと、燃費向上に熱心になります。日本にも共通のものさしを導入することで、誰もが住宅の価値を判断できる社会にしていきたいと思います。
なおエネルギーパスとは内容が異なりますが、国交省が住宅の省エネ性能表示として「BELS(ベルス)」という基準を設け、2016年から運用を始めています。表示の義務化がされていないので物足りない面はありますが、このような共通のものさしが広まることは意味のある動きだと考えています。
■誰かに迷惑をかける生き方を選ばない
Q:持続可能な社会を実現するために、住宅の分野ではどのようなことをすべきでしょうか?
大切なことが2つあります。ひとつは、日本の住宅のレベルを上げていくことです。質の高い住宅に住むことで、人生の質もまた向上します。建築関係者は、そういう住宅を供給し続けていく責任があります。例えば、2020年に国が義務化を予定していた住宅の省エネ基準は、一転して見送られることになりました。それほど高くないこの基準でさえ義務化できないというのは、住宅産業に関わる人間として非常に残念です。
とはいえ、義務化されようとしていたレベルは最低限度のもので、住む人の健康を害さず、一年を通して快適に過ごせるレベルの建物というわけではありません。その意味では、国が義務化するかどうかに関わりなく、事業者はレベルの高いものをつくったり提案し続けていく必要があるでしょう。
もうひとつは先程お話した外部コストの話で、住宅をつくる際に他の誰かに迷惑をかけないことです。例えば日本の建築業界では、建材のトレーサビリティが義務付けられていません。どこから伐ってきた木材かをはっきりさせる必要がないのです。そのため、中国やロシア、東南アジアなどで違法伐採された木材が安く大量に売られています。それに対して、流通ルートのはっきりしたまともな木材を適正な価格で販売しても、対等な競争ができないので、まじめにやっている方が負けてしまいます。
そういう無茶なことを続けていると、いずれ大きなひずみが来ます。違法伐採をしている業者は、伐ったあとに植林や森林管理をしないので、いずれ木がなくなることは明白です。さらに森林がなくなることで、地球規模で生態系や気候変動にマイナスの影響を与えてしまいます。
外部コストを考慮せずに目先の利益のために木材を不当に安く手に入れることは、他の誰かや将来世代に対して確実に損をさせることになります。未来への影響を考えたら、木材にも適正な価格が存在しています。適正な価格とは、植林して次の収穫まで管理する育成コスト等の外部コストを含めた、持続可能な森林を維持した上での木材価格のことです。そして、その価格でも買ってもらえるような方向で値付けすることが、プロとして社会に迷惑をかけない最低限度の仕事ではないかと考えています。
住宅に限ったことではありませんが、持続可能な社会とは、そんな誰かに迷惑をかける生き方をやめようということです。みんなが「自分だけ良ければいい」と思って行動し、誰かに迷惑をかけていると、全体を見たら、みんなが損をする社会になってしまう。残念なことに、いまの日本社会はその悪循環の中にいます。ぼくはクラブヴォーバンの仲間たちとともに、その風潮を自分が関わる住宅の分野で是正することができればいいと思っています。
2019年
3月
01日
金
第17回 梶村良太郎(CVPTメンバー / ドイツ再生可能エネルギー機関研究員 )
ドイツ・ベルリンに生まれ育った梶村良太郎さんは、ドイツのエネルギー転換の状況を分析し伝える「ドイツ再生可能エネルギー機関」で研究員をしています。(※2024年現在 ドイツ・フラウンホーファー研究機構)これまでは、日本に関連する業務として、日本からドイツへの専門視察のコーディネートや専門的な情報提供を手がけてきました。
また最近では、ドイツと欧州各国との間の環境・エネルギー分野での連携をサポートするなど、幅広い取り組みを行っています。「ドイツを資料として、地域に合った最適な方法を検討していくべき」と語る梶村さんに、ドイツのエネルギー転換のいまを伺いました。
■ドイツと日本とでは何が違うのか?
Q:環境・エネルギー問題に関わるようになったきっかけは何でしょうか?
一般的にドイツ社会では環境問題を取り上げる機会が多く、また私の両親も環境運動に熱心だったので、エネルギーのテーマは当たり前のように関心を持っていました。本気で取り組むようになったきっかけは、大学院生のときに起きた東日本大震災と福島第一原発事故です。日本から届くニュースは本当にショックで、当時は何もできない自分に無力感を感じていました。
福島の原発事故のあと、ドイツでは脱原発と再生可能エネルギー拡大の機運が急激に高まりました。一方で、事故の当事国である日本はすぐには変わらなかった。メディア学を学んでいた私は、そのギャップに興味を持ちました。特にドイツの世論がなぜこんなに関心を持ったのかという点にスポットを当てて、ドイツと日本の原発事故をめぐる情報提供と世論形成というテーマで卒業論文をまとめました。
そして、あのときの無力感を再び味わうことがないように、ドイツで生まれ育った日本人として何ができるのだろうかと考え、現在の仕事を選びました。ドイツでエネルギー転換の言論に関わり、その経験と知識を日本のために活かせたらと思っています。
■EU域内で連携して環境・エネルギー政策をつくる
Q:ドイツ再生エネルギー機関では、どのような仕事をしていますか?
ドイツ再生可能エネルギー機関は、市民や行政など社会に再エネについての情報を提供するために、2005年に環境省と企業とが出資して設立した組織です。現在は、ドイツ政府やEUからプロジェクト資金を調達し、情報発信に加えて自治体のキャパシティ・ビルディング(※)や、幅広い地域のネットワークづくりも担っています。自分はその中で、EU諸国の自治体のエネルギー政策のコンセプト作りや、複数の地域における連携のサポートをしています。
例えば、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイルランドという四カ国の自治体が共同で行うプロジェクトでは、それぞれが独自に政策のコンセプトをつくるだけでなく、他の自治体と意見交換をしながら、協力してよりよいスタイルを探っています。もちろん国や地域によって、自然条件や得意とする分野、支援制度、そして歴史的背景は異なります。例えば、スウェーデンは木質バイオマスが盛んですし、ノルウェーでは電気自動車が普及しており、いまは新規登録車の半分くらいがEVになっています。それぞれの自治体がどうやってその政策を実現しているか分析して、他の自治体の政策づくりの参考にしているのです。
やっていることは違っても、持続可能な地域を目指すという同じ課題に取り組んでいる人々が連携する意義は大きいと考えています。自治体職員や市民にとっても、自分たちのローカルな政策が、グローバルな視点から見ればこういう意味を持つのか、と意識付けすることにもなりますから。
※キャパシティ・ビルディング:組織が目標を達成するために必要な能力を構築すること
■ドイツのエネルギー転換は、まだ第一コーナー
Q:ドイツは2018年に、消費電力量の40%近くを再生可能エネルギーでまかないました。この状況をどのように評価しているでしょうか?
確かに再エネのシェアは順調に伸びて、すでに新しいステージに入ったと言えるでしょう。とはいえ、目標とするエネルギー転換を達成するにはまだまだ乗り越えるべきハードルは高く、競馬に例えると第一コーナーを回ったくらいだと考えています。再エネで電力の何%をまかなったかという、数字で一喜一憂する時代は終わりました。これからは、増えた再エネを効率的に運用するため、どのように電力供給システムを作り変えていくかといったことなど、より地道で細かい部分が求められていきます。
また、40%近くまかなったというのは電力だけの話で、エネルギー全体としては熱と交通という分野が残されています。再エネへの転換率は、熱は13%弱、交通は5%強とまだまだです。電力については、こんなふうに転換していくんだというグランドデザインがあって、長い間の議論を経て、社会の中で大枠のコンセンサスが成立してきました。でも熱や交通に関しては、電力ほどはっきり見えているわけではなく、模索している部分が多いのです。
電力については、例えばFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)をめぐって議論が行われ、最初の20年は電気代が高くなるけれど、将来のことを考えれば導入してもいいということが、社会的に受け入れられた経緯があります。でも、熱や交通の分野は、抽象的な電力の話よりも、国民の生活により直接的に、密接に関わってきます。また、暖房や建物の省エネ化、あるいは自動車や公共交通をどうするかといったテーマでは、電力の話以上により多くのステークホルダーが関わることになります。当然、どのように進めるのかをめぐって大きな議論になりますし、簡単に合意形成ができるわけではありません。まだまだこれから大きな山が控えていると考えるべきです。
■「ドイツはすごいね」で終わらせてはいけない
Q:環境・エネルギー・持続可能という分野で、日本社会はドイツの取り組みから何を学べるでしょうか?
ドイツのマネをすれば日本でもうまくいくといった、簡単なレシピはありません。私は、日本をはじめ世界各国の方のドイツ視察のアテンドをしてきました。たいてい、参加された皆さんが「ドイツはすごいね」と言って帰って行かれます。でも私としてはそれだけだと不満足なんです。ドイツだってまだまだできていないことが多いし、成功したと言われている部分だって、多くの条件が揃ったからできたという面もある。
ドイツを目標に同じことをするのではなく、良い部分も悪い部分もドイツの現状を知っていただいて、自分の地域にどのように当てはめることができるのかを考える一つの資料として利用していただければと思っています。その際、例えば登山に例えるなら、その山がどういう形をしていて、その山へはどこから登るのか、どんな道具が必要なのか、私たちの組織では、そういった分析や消化のお手伝いをしています。
日本との比較でひとつ感じるのは、ドイツでは議論のベースとなる情報が徹底的に公開されていることです。エネルギーに関するあらゆる情報が透明になっていることで、オープンな議論をすることができます。もし情報が一部の機関だけに一極集中してしまうと、社会的なコンセンサスは成り立ちません。エネルギーに限ったことではありませんが、信頼できる情報を社会で共有することは何より大切です。
■次世代が希望を持てる道筋を
Q:クラブヴォーバンでの役割は何でしょうか?
クラブヴォーバンでは、ドイツやEUの環境・エネルギー政策について情報提供をしています。ドイツが環境・エネルギーの分野で成功したと言われている要因の背景には、国が上からやるのではなく、地域や自治体が地道な取り組みを積み重ねて、既成事実を作っていったことが大きな変化につながりました。
日本も国からトップダウンで変わるのを期待するのではなく、地域や自治体を中心にボトムアップでできることを積み上げていくことが大切だと思います。ドイツでは、そのような取り組みを支援する専門家のグループの存在がカギになっていました。日本では、持続可能なまちづくりに取り組む実務家の組織は限られています。そんな中で、クラブヴォーバンの役割はすごく大きいのではないかと思っています。
Q:どのような未来をめざしていますか?
私は、具体的すぎる未来のビジョンはあまりもたないようにしています。「こういう社会になるべきだ」と細かく押し付けてもうまくいかないし、「なぜ他人は理解してくれないのか」とストレスもたまる。ひとつ言えるとしたら、残念ながら地球温暖化の問題も含め、いまの世界は未来に対して明るいイメージを提供できていません。自分が高齢になる頃までには、次の世代が希望を持てるような社会になっていればいいし、そのために少しでも貢献できるのであれば十分満足です。もうこれ以上、地球から資源を搾取しまくり、環境を壊すことでしか成り立たない生活モデルを続けるわけにはいきませんから。
2019年
1月
09日
水
第16回 近藤智(CV理事 / ファイナンシャルプランナー / マングローブ・クリエーション常務取締役 )
「住宅にかかるお金」といえば、ほとんどの人は購入資金のことを思い浮かべるはずです。しかし住宅購入を考えている人にアドバイスを送るファイナンシャルプランナーである近藤智さんは、「初期投資だけで考えるのは危険」と警鐘を鳴らします。
重要なキーワードは、「住宅のライフサイクルコスト(LCC)」です。持続可能なまちづくりとも深く結びついている「住宅のライフサイクルコスト」という考え方について、近藤さんに伺いました。
■老後に破綻するショックから
Q:なぜ住宅の分野でファイナンシャルプランナー(以後FP)をするようになったのでしょうか?
私は典型的な理系学生で、大学時代は生物と環境を専攻、自動車の排ガスを浄化する実験などをしていました。卒業後は、自動車メーカーで環境負荷の低いエンジンの開発に携わります。その後、住宅系のコンサルティング会社に転職しました。当時は、自分の人生のライフプランについては、漠然としか考えていませんでした。
転機となったのは10年ほど前に、ファイナンシャルプランナーにライフプランを作成してもらったときのことです。シミュレーションで、老後が大赤字になることがわかりました。教育費用、老後費用、住居費用の3つは、人生で特にお金のかかる「三大支出」と言われています。私の場合、住居費用がおざなりで老後にしわ寄せがいっていました。
結婚して間もない当時は、都内で実際の収入よりも高めの賃貸マンションに住んでいました。ずっとこの価格の賃貸に住み続けるとすれば、70歳のときに赤字に転落してしまうというのです。昔のように給料が上がり続ける時代ではないので、こういう事を自分自身であらかじめ考えておく必要性を痛感しました。
もうひとつのきっかけは、住宅展示場を訪れたときのことです。モデルハウスはすごく立派なのですが、ハウスメーカーの方のお金に関する説明には不安を覚えました。住宅購入を検討している人にとっては初めての経験で不安も大きく、将来破綻する可能性もある問題なのですが、ライフプランについてしっかりと説明してくれる人がほとんどいませんでした。
当時はFPという仕事は、保険会社や金融機関の関連で扱われる資格というイメージでした。でもこうした経験をしたことで、住宅購入を考える際に、破綻しないような計画を一緒に考えるFPが必要とされているのではないかと考えたのです。
■家も買い換えるのが当たり前?
Q:FPになった後、ドイツのヴォーバン住宅地にも行かれていますね。ドイツではどのようなことを感じましたか?
FPとして活動を始めたちょうどその頃に、クラブヴォーバンの早田宏徳さんと出会いました。早田さんの薦めで、2010年にドイツのヴォーバン住宅地の視察ツアーに参加し、村上敦さんからもドイツの状況についてお話を伺いました。
ヴォーバン住宅地のあるフライブルク市の人口はおよそ20万人で、平均所得も日本とそれほど変わりません。でも、町は活気にあふれて子どもたちは元気に遊び回っていました。シャッター商店街だらけの日本の地方都市とは、雲泥の差です。背景の一つには、建物が長寿命であるという要素がありました。
自動車会社に努めて車という「消費財」を開発していた自分は、「モノは買い替えるのが当たり前」という感覚が染み付いていました。しかしドイツでは、建物は車とは根本的に違い、一回作ったら手入れして長持ちさせるのが当たり前と考えられていました。
日本では住宅の寿命が30年前後で、各世代が住宅ローンを組まなければなりません。ずっと賃貸に暮らしても同程度のお金が必要です。でもドイツでは住宅を長持ちさせるので、次の世代に負担をかけずに済んでいます。近い将来に廃棄するような住宅を作り続けている日本と、次の世代のための資産を作っているドイツとでは、大きく違っていました。その事実を知って、本当にショックを受けました。
日本でもヴォーバン住宅地のような住宅やまちが作れたらいい、とも思いました。そしてそれを実現させるために、FPという分野で自分が力になれるのではないかとも感じました。ドイツに行ったことで、もともとやりたかった環境分野と、FPという自分の仕事とが結びついたのです。それからは、住宅のライフサイクルコストについて強く意識するようになりました。
■「住宅のライフサイクルコスト」は、人生に大きな影響を与える
Q:住宅のライフサイクルコストとは、どのような考え方でしょうか?
ドイツに行く前は、お客さんの年収では金融機関からいくら借りられるか、どれくらいで返済できるかについてシミュレーションすることが仕事の中心でした。でもドイツで教わったことは、住宅を買った後にかかる費用は、実は初期費用を上回るほど大きいということでした。外壁の維持修繕などのメンテナンス費用、建て替え費用、そして毎月かかってくる光熱費などです。現在ではこれらの要素をデータ化して、数十年先までを見越した「住まいのライフサイクルコスト」の観点でお伝えしています。
買うときには「毎月これくらいなら払えるだろう」と住宅ローンを組んでも、買った後に想定外の費用がかかって、家計が苦しくなるということはよくあります。そのため、場合によっては「住宅の購入は数年待ったほうがいいですよ」とか、「住宅にかける予算を削らないと、のちのち教育費が大変ですよ」といったアドバイスをすることもあります。
住宅購入を長期的視点で考えることは、結果として、長持ちする持続可能な住宅を普及することにも役立ちます。
例えば30歳の方が一般の住宅を購入する場合と、初期費用を200万円ほど上乗せして高性能な住宅を購入する場合との二つのパターンで、その方が85歳になる55年後に収支がどうなっているかをシミュレーションします。後者の方が初期費用は少し高くはなりますが、光熱費や修繕費が少なくなるので、55年後には400万円以上もお特になります。また、高性能住宅では数字に現れない快適性や健康にも影響を及ぼします。そのため、きちんと断熱された住宅を選ぶメリットは大きいと考えています。
以前と比べると、国も長期的視点を持った住宅を薦めるようになってきました。大きな流れは変わってきていると思いますが、FPというレベルではまだまだライフサイクルコストのことまで考えて提案できる人材が足りません。今後はそのような視点から提案のできるFPが、地域ごとにいるのが当たり前になるよう、後輩の育成にも力を入れていきたいと考えています。
■次の世代に負担を押しつけないで済むように
Q:これからどんな社会をめざして、どんな取り組みに力を入れていきたいですか?
持続可能性なものを子どもたちに残してゆきたいですね。自分たちのやっていることが、次の世代に迷惑をかけるようなことになるのは避けたい。例えば日本では、すでに年金などの負担を子どもの世代に押し付ける構造になっています。このままでは、さらに住宅まで負担になってしまう。できるだけその悪いサイクルを食い止めたいと思います。
持続可能な住宅をつくるハード部分の仕事はクラブヴォーバンで建築を手がける方たちにお任せして、私はFPという立場からソフトの部分で、ライフサイクルコストを考える大切さを一人ひとりにお伝えしていきたいと思っています。また、みんながみんな新築住宅を建てる必要はありません。将来的には、リフォームや賃貸で住む場合のライフサイクルコストを研究するなど、多くの方が選びやすい選択肢を増やしてさまざまな提案をしていきたいと考えています。
2018年
12月
06日
木
第15回 二瓶渉(CVPTメンバー / 一級建築士 / EA partners共同代表 )
建築家の二瓶渉さんは、設計事務所に在籍していた時代に道の駅や美術館といった公共建築を中心に設計を手がけてきました。当時からまちづくりや環境を意識して建築を心がけていた二瓶さんですが、ドイツの省エネ建築の実際に触れて衝撃を受け、一から出直す決意をすることになります。
現在は、ドイツ在住の金田真聡さんとともに設計事務所EA partnersを共同経営し、省エネ性能の高い建築物を幅広く手がけようとしている二瓶さんから、環境と建築との関係性や省エネ建築にかける思いを伺いました。
■建築の一環としてのまちづくり
Q:建築家としてどのような仕事をされてきたのでしょうか?
高校生の頃から建築が好きで、大学の建築学科を卒業した後、設計事務所プランツアソシエイツで14年ほど働きました。そこでは、主に公共建築を手がけました。公共建築では一般的に、立派なハコモノをつくっては維持費が払えなくなるなど運営が立ち行かなくなるケースが目立っていました。でもその事務所では公共建築との関わり方が異なりました。単に建物をつくるのではなく、つくった後に持続可能な運営ができる仕組みづくりも合わせて考えるようにしていたのです。完成後にどう使うのが地域にとって良いかを関係者の方たちと打合せをして、設計に取り入れていました。
僕が関わった思い出深い仕事は、香川県の高松市で温泉施設付きの健康福祉センターの建設です。現地に2年間移り住み、行政やその施設を使う方々と対話を繰り返し、施工者と連携して取り組みました。当時は大変な思いもしましたが、建築の一環としてまちづくりに取り組んだ経験が、今ではすごく財産になっています。
その後、事務所から独立して住宅建設を手がけるようになります。そして試行錯誤の末に、2012年にあるコンテストの環境デザイン部門で最優秀賞をいただきました。「風の道」を積極的に取り入れたり、打ち水効果を活かすなど、当時の住宅としては多くのパッシブ要素を建築に取り入れたつもりでした。独立してから苦労していたこともあり、賞をいただいて喜びもひとしおでした。
■性能を数値として出すことの大切さ
Q:賞をとられたあとに転機が訪れたそうですが?
はい。賞をとったちょうどその後、ドイツの省エネ建築の話を聞いて、僕の伸びかけていた鼻はへし折られました。話をしてくれたのは、ベルリン在住の建築家・金田真聡さんです。いまではクラブヴォーバンのメンバーとしても活躍する金田さんは、僕と同じ大学の卒業生で、母校のシンポジウムで彼の講演会を手伝うことになっていました。話を聞く前、自分より20歳近くも年下の彼の話に対して「ずっと後輩だから」などと軽く考えていました。
ところが、彼が語るドイツの建築についての話はすべてが衝撃でした。特に響いたのは、ドイツでは建築が建物単体ではなく、社会の中でどのような役割を果たすべきかが決められているということでした。そして、地域のエネルギーや交通、人口密度などを踏まえて計画され、設計されていました。エネルギーや交通といった、僕がこれまで考えたこともない分野も含めて、社会全体が建築と関連して捉えられていることにショックを受けました。
建築を周辺地域や環境とセットで考えるという意味では、僕がやってきたこととも似ています。しかし、ドイツではそれらをシミュレーションして数値化し、実際に環境や建築にどのような影響をもたらすかについて徹底的に検証していました。その点が、大きく違っていました。
当時の日本では、建物単体でさえ住宅の環境性能を数値として出すことはまだ一般的ではありませんでした。僕の最優秀賞をいただいた住宅も、「風を通す」とか「光を遮る」といった、昔からある日本家屋の良い点を取り入れてはいたものの、情緒的なイメージが先行して、数値化する意識がなかったのです。数値化してみると、住宅の性能、特に断熱性能については、ドイツのパッシブハウスとは愕然とするほどの差がありました。
環境建築とか、省エネ建築をやるなら数値化は不可欠だと思います。そして、目標を建てて、アクションプランで常にチェックしていくことが大切です。ドイツではそれが当たり前に行われていますが、日本はできていませんでした。
2012年に賞をいただいたときに思ったのは、建築が大好きな少年がアトリエ事務所時代にいろんな経験をして、独り立ちしてやっと多少は設計ができるようになったかなということでした。でも、この体験を通して自分が社会全体を通して建築を設計していないことに気づきました。僕はこれまでのあり方を見直して、一から出直す決意をしたのです。
■省エネ性能の高い公共建築を
Q:なぜ金田真聡さんと設計事務所を設立したのでしょうか?
金田さんを通じて、クラブヴォーバンの早田宏徳さんや村上敦さんを紹介してもらいました。早田さんたちがドイツの家を参考にしてつくっている低燃費住宅(現在のウェルネストホーム)も見学させてもらい、そこでまた驚きました。高気密高断熱はもちろんですが、全体的にとてもバランスの取れた高性能住宅になっていました。
断熱性能など、一部の機能に特化してレベルを高めることはそれほど難しくないかもしれませんが、そのような住宅では弱い部分に問題が出てきてしまいます。早田さんのつくった家は、そのバランスが総合的に優れていたので「ウソのない本物の住宅がここにある」と強く印象づけられました。金田さんからドイツの話を聞いたことで一から出直そうと思っていましたが、この家を見て、住宅建築ではとてもかなわないという印象を持ちました。
そこで2015年に、金田さんとともに「EA partners」という設計事務所を設立しました。「EA」は、Environment(環境)の「E」とArchitecture(建築)の「A」で、建築は環境に属するというメッセージを込めて、間に「>」という記号を入れたロゴにしました。
一からと言っても、これまで道の駅やオフィスなどを手がけてきた経験があるので、それを活かして省エネ性能の高いRC造の建築を設計したいと考えています。技術面では早田さんたちとも協力していくことにしています。
■建築は社会と結びついているもの
Q:日本の建築をめぐる環境は変わってきているのでしょうか?
ぼくが金田さんの話に衝撃を受けた2012年当時に比べて、日本の住宅の省エネ性能は確実に変わりました。国交省もゼロエネルギーハウス(ZEH)を推進するようになっています。それは良いのですが、一方でまったく変わっていないものもあります。それがビルや公共施設などの大きな建物です。
そうした大規模な建物の省エネ性能は、ドイツに比べて10年以上遅れていると感じます。「EA partners」では、その部分をレベルアップさせていきたいのです。ドイツで省エネ性能の基準値を上げた際、まず公共施設に着手して断熱性能を強化してきました。そのためいまでは、小学校でもトリプルガラスの窓が当たり前のように使われています。
日本の学校はいまも一部はシングルガラスで、空調を入れるかどうかで議論しているレベルです。開口部の低い性能の建物で空調だけに頼った計画にすると、ランニングコストが高くなり、いずれ自治体の財政が苦しくなることは目に見えています。そういうことも合わせて考えれば、建物の断熱性能を上げるのが一番大事なのですが、なかなかそういう現状にはなっていません。
このことは、日本では建築というものが社会全体のことを考えずに、すごく狭い視野で成り立ってきたことを示しています。僕たちの社会は建物でエネルギーを捨てまくっているのです。
長期的視点に立って、ひとつでもふたつでもエネルギー性能の良いビルを手がけながら、「このままでいいのか?」「何のために建物をつくるのか?」ということを多くの人に問いかけていければと考えています。もちろん、クラブヴォーバンのメンバーの皆さんとも、いろいろな形で連携していけたら良いですね。
2018年
11月
01日
木
第14回 田中信一郎(CVPTメンバー / 地域政策デザインオフィス代表理事 / 千葉商科大学特別客員准教授)
田中信一郎さんは、横浜市や長野県などの自治体職員として、環境エネルギー政策を実践してきた政策づくりのスペシャリストです。その経験を活かして、現在は全国の自治体に自らのノウハウを提供するコンサルタント事業に取り組んでいます。
また、自然エネルギー100%を宣言した千葉商科大学では客員准教授を務め、持続可能な大学をめざす斬新な提言を行っています。長野県をエネルギー先進地域にした立役者のひとりである田中さんに、自治体が持続可能なまちづくりに取り組む意義を伺いました。
■持続可能なまちづくりをサポートする
Q: 田中さんが創設した「地域政策デザインオフィス」は、どんなことをしているのでしょうか?
自治体が、持続可能な地域づくりをする際のサポートをしています。その考え方は、クラブヴォーバンがめざしている所と同じです。具体的には、全国の自治体の職員や住民の方に対して、どうやったら持続可能な地域づくりの第一歩を踏み出せるかについてお話しています。通常は、自治体の職員が新しい政策をやりたいと思っても、何をどうクリアして実現していいのかわかりません。
自治体によっては、これまでそういう分野で経験の少ない行政と住民とが、いきなり高いレベルのことをやろうとすることもあるのですが、たいていはうまくいきません。一歩ずつ段階を踏んで成功体験を積み重ねていく必要があります。そのための考え方ややり方を、お伝えしています。
もうひとつは、役所では体系的に政策のつくり方を学ぶ機会がありません。そこで環境・エネルギーの分野に限らず、政策づくりの研修も手がけています。
Q:持続可能なまちづくりを進めるポイントは何でしょうか?
もっとも大切なのは、環境部門の担当者だけではなく、役所全体がエネルギーと地域経済についての基本的な考え方を理解することです。地域は、外部にお金を払ってエネルギーを買っています。そのお金を地域内に投資したり、地域でエネルギーをつくって外に売れるようになれば、地域の中でお金が循環することになります。それが地域経済を豊かにします。
これまでは、この考え方をしっかりと理解しないまま、漠然と何かをやろうとしていたり、やっていた自治体が多いのですが、それでは成果を得られません。持続可能な地域をつくることは、経済だけでなく健康や他の様々な分野でメリットがあります。だからこそ、行政は縦割りではなく横で連携して一緒に取り組んでいく必要があります。
ではどう動けばいいのでしょうか?まずは、公共施設の建て替えや改修から検討してほしいと思います。いきなり条例などをつくるのは、ハードルが高くて困難です。しかし、一つの公共施設を変えることならできるはずです。行政と住民、建設業界などが一緒に、持続可能な建物になるよう研究し、小さくても結果を出すことがまちづくりの第一歩になります。
■長野県で省エネ住宅はなぜ普及したのか?
Q:長野県では、田中さんが退職された後も環境・エネルギー政策を着実に進めています。長野で成功した秘訣は何でしょうか?
私は、2011年より5年間、長野県庁の環境エネルギー課で任期付き職員として働きました。長野で一番大きいのは、さきほど説明した地域経済というキーワードをみんなで共有できたことです。環境の部署以外の人たちも納得して、自分の仕事に落とし込むことができるようになったので、縦割りではなく部署を横断して共同歩調で動くことができるようになったのです。そのため、私が全てにかかわらなくても、あるいはやめた後でも、他の人たちが面白いプロジェクトを提案してくれたり、そういう政策が進化するようになっています。
Q:長野県で取り組んだ環境政策の一例を紹介してください。
例えば建物を新築するときに、その建物のエネルギーや環境性能を施主が評価して検討することを、条例で義務付けました。ただ、施主が事業者ならともかく、個人の場合は自分で評価することができません。そこで、建築事業者に対して施主に説明することを義務付けました。
とは言え、すべての建築事業者が客観的に評価、説明ができるわけではありません。そのため、県がすべての建築事業者を対象に、評価ソフトの普及と講習会を無料で行いました。それにより、どの業者も評価、説明ができるようになりました。
現在は長野県で建物を新築するとき、例えば建築費2000万円で年間光熱費20万円の普通の家と、建築費2200万円で年間光熱費10万円の高断熱の家と、どちらが良いですか?と選べるようになりました。最終的にはどちらを選んでも良いのですが、高断熱で光熱費が少ない家の方が、長く住めば経済的にも得になるし、室内環境も快適です。
いままではそういう選択を求められることがほとんどなかったので、選べるようになったことは大きいと思います。現在の長野県では、新築では国が定めた次世代省エネルギー基準以上に断熱された家が、8割を越えるようになっています。全国平均が3割程度ですから、驚異的な成果だと言えます。この政策はごく一例ですが、長野県の環境政策に刺激を受けて、真似をする県も出てきています。これはどの県でもできることなので、長野県としても積極的に情報提供をしています。どんどん真似をして広げていって欲しいですね。
■都市戦略としての環境
Q:長野県で取り組んだ環境政策の一例を紹介してください。
2008年に横浜市の職員をしていた際、環境モデル都市のプランニングをする機会がありました。そこで世界の動きを学び、衝撃を受けました。世界の先進的な大都市では、持続可能なまちづくりを打ち出すことが、都市の価値を左右する重要なポイントだと認識されていたのです。例えば、当時はオリンピックを控えていたロンドンであったり、ニューヨークなどの主要都市が気候変動対策のリーダーシップを取っていました。それに続いて東京都も動いていた。
環境に優れた都市は住みやすく、安心して住める都市でもあります。そういう所に人や企業が集まってくるのはごく自然なことです。その価値に早く気づいた大都市は環境に力を入れていました。日本では、環境を熱心にやると経済にマイナスになると考えられてきましたが、それは逆だったのです。
日本の役所で環境政策と言えば、マイナーな部署の人たちが市民の苦情を受けてやっているイメージでしたが、世界ではかなりポジティブな都市戦略として捉えられていました。それが驚きだったし、現在の自分の取り組みにもつながる原点にもなっています。
■100年後も安心して暮らせるまちづくり
Q:自治体がまちづくりをする意味はどんなところにあるでしょうか?
日本のほとんどの自治体では、人口減少は絶対的に避けられません。特に小さな自治体は大きな影響を受けるはずです。それでも、その地域に暮らす人たちが、50年後も100年後もそこで安心して暮らせるようにするのが、持続可能なまちづくりです。
多くの自治体ではそのためのビジョンがなく、企業を誘致しようとしたり、移住者を大勢呼ぼうとするなど、一発逆転を狙います。でも、そんな都合の良い方法はありません。地域住民が幸せに暮らしていけるための地道な方法を模索する地域にこそ、活路が生まれます。しっかりしたビジョンをもとに、そういう政策を積み上げていくことが、地域の魅力を高め、人口増や移住者の増加につながるのです。クラブヴォーバンと連携して、確かなビジョンを持てる自治体を増やしていきたいと考えています。
2018年
9月
28日
金
第13回 高橋彰(CV広報室長 / 一般社団法人ZEH推進協議会運営委員 / 住まいるサポート株式会社・住まいるハウジング株式会社代表取締役)
高橋彰さんは、大規模なビルから住宅まで、建物のエネルギー性能を評価するプロフェッショナルとして活躍してきました。さらに、省エネ建築について住宅のつくり手と話し合ってきた経験を活かして、一般の消費者が高性能住宅を選ぶ際にサポートをする新会社を設立しています。
「世界の先進国に比べ、著しく劣っている日本の建物の省エネ性能を上げたい」と語る高橋彰さんから、省エネ性能表示制度や、これからの建築のあり方について伺いました。
■日本にはなかった建物の省エネ性能基準
Q:高橋さんがご専門の、建物の省エネ性能基準について説明してください。
住宅も非住宅も同じですが、日本の建築物の省エネ化は、先進国の中でとても遅れています。制度面で言えば、主要先進国の中で日本だけ、省エネ基準が義務化されておらず、やっと大規模な非住宅建築物についてのみ近年に義務化された段階です。
また、現在使われている日本の省エネ基準そのものが、主要先進国の中でとても低い水準にあります。欧米にはより厳しい基準があり、しかもそれが義務化されてきました。日本と欧米とでは、住宅・建築物の性能の差が大きく開いてしまっています。
建物の省エネ性能が低いと、エネルギー問題だけでなく、その建物で住んだり働いたりする人たちの健康や快適性にも悪影響を与えます。そのため、最近では国も省エネ性能を上げようとしています。例えば経済産業省、国土交通省、環境省の三省が連携して、省エネ性能の高いZEH(ゼロエネルギーハウス)を推進しています。
そのような動きの中で、世界的には建物の省エネ性能を共通の基準で表示することが欠かせなくなってきています。ドイツなら「エネルギーパス」、米国なら「エナジースター」というように、省エネ性能に特化した評価基準を義務付けてきました。ところが、日本では指標となるような省エネ性能表示制度が長年ありませんでした。そこで、国土交通省が旗振り役となって、BELS(ベルス)という表示制度が導入されました。BELSは、非住宅部門では2014年から、住宅部門では2016年から始まっています。私もごく最初の段階からBELSの制度設計や普及促進に携わってきました。
■BELSが新しい基準に
Q:BELSとは、どのような基準でしょうか
BELSが登場する以前から、日本にはCASBEE(キャスビー)という建築物の環境評価ツールはありました。しかしCASBEEは、音環境や廃棄物、生物多様性など、環境性能を総合的に評価するものなので、そこで良い評価を得たとしても、省エネ性能の良し悪しの判断はできませんでした。
BELSは、省エネ性能に特化した新しい基準としてつくられました。建物の一次エネルギー消費量に基づいて、☆の数で評価をするもので、☆1つから始まり、最高ランクが☆5つです。私が務めていた日本ERIは、BELSの認証を行う機関のひとつです。私はその省エネ推進部で、BELSを始めとした建物のエネルギー認証を行ったり、ハウスメーカーや工務店向けに省エネ化について情報発信するセミナーを開催してきました。
■消費者が賢くなる必要性
Q:ハウスメーカーや工務店は、建物の省エネ性能を上げることについてどのような反応をするのでしょうか?
BELSや建築物省エネ法ができた当初は、各社とも関心はあるので話は聞いてはくれるんです。でもなかなか住宅・建築物の性能向上にはつながりませんでした。設計者やゼネコン等の方々が言うには、省エネ性能の価値が施主や借主、消費者に知られていないということでした。事業者側が、一生懸命に省エネや断熱をやったら建築コストは上がります。その価値を理解してもらえなければ、住宅が売れません。非住宅も同じで、ビルのオーナーさんや入居するテナント企業がわかっていないと売れない。「卵が先かニワトリが先か」という話と同じで、事業者側としては、エンドユーザーの側で評価してくれないと、アクションを起こせないというものでした。
Q:そんな状況で、建物の省エネ性能の表示の努力義務が始まったことにはどのような意義があるのでしょうか?
BELSという共通のモノサシができたことで、消費者側も建物の性能の違いがわかるようになりました。これを活かせば、消費者が性能の良い家を手に入れる可能性が増えます。これまで消費者は、何も知らずに立地や見た目、価格だけで住まいを購入してきました。また事業者側は、「ニーズがないから」という理由で、性能の低い住宅を供給し続けてきました。そういう悪循環を変える良いきっかけになるのではないかと考えています。ただし、今のBELSの評価基準は、国際的に比較するととても低いレベルなので、最高等級の5つ☆の性能で十分と考えられてしまうことが少し心配ですが。
■企業や自治体を通じた環境教育を高気密高断熱住宅を建てるサポートを
Q:持続可能な社会を実現するには、何が大切だと思いますか?
そのとおりです。そこで、「住まいるサポート株式会社」を設立しました。私はこれまで、主に住宅のつくり手の側との接点が多かったのですが、この会社では、一般の消費者を対象に高気密高断熱の住宅を建てるお手伝いをしていきます。
土地選びや売買の仲介も行いますが、単なる仲介業者ではなく、消費者が自ら高性能な家を選べるようになる視点を養い、賢い消費者になるためのセミナーを開催するなど、多角的な情報発信を行います。それにより、たいした性能でもないのに「高断熱高気密」をうたっている工務店の誇大広告を見抜けるようになります。これからの消費者は、家のつくり手の言いなりではなく、営業マンをギクっとさせるような質問をするようになって欲しいですね。消費者側が賢くなり圧力をかけることができれば、ハウスメーカーや工務店側の意識も必ず変わっていくはずです。
日本ではまだ、ちゃんとした高気密高断熱の住宅をつくれるハウスメーカーや工務店は、極めて限られています。当社では、高性能の住宅をつくれる信頼できるハウスメーカー・工務店と提携して、消費者に紹介していきます。
■トータルで整合性の取れるまちづくり
Q:どんな未来をめざしたいですか?
私は都市計画のコンサルタントの経験もあるのですが、ドイツと比較すると、残念ながら、日本のまちづくりは、非常に場当たり的です。縦割り行政の弊害なのか、総合的、戦略的にまちづくりを進めるということが行われていません。
また、設計者やゼネコン等の専門家の省エネ建築についての認識が低いことも残念な点です。建築物省エネ法が施行された際に、彼らと省エネ建築の話をする機会が多かったのですが、「日本は省エネ先進国なのに、なぜ省エネ建築を義務化されないといけないのか」とよく反発されました。多くの専門家も日本の住宅・建築物の省エネ性能が先進国の中で非常に劣っていることを認識していないのです。日本は確かにエアコンの機能とか、設備機器のレベルでは効率が良いものをつくります。しかし、住宅・建築物躯体性能など、根本的に変えないといけない部分が残っています。
これまで、建築業界は省エネ基準を高めることに消極的でした。でも、高性能な家をつくってその価値を消費者と共有することができれば、住宅の経済的な価値が高まりますし、事業者も工事単価も増え、売上も増加します。建築業界と消費者側の両者にとってプラスになるはずです。私はクラブヴォーバンと連携しながら、ドイツのようにトータルで整合性の取れる仕組みに変えていくことにすこしでも貢献できればと考えています。
2018年
8月
16日
木
第12回 市瀬慎太郎(CV理事 / そらべあ基金理事 / エネルギーパス協会理事 / イーソリューション株式会社代表取締役)
クラブヴォーバンの拠点、新橋のオフィスで活躍する市瀬慎太郎さん。彼は、場所の提供からさまざまなイベントの企画、運営、そして教育コンテンツのプロデュースまで、裏方としてグループに欠かせない存在になっています。
かつて老舗の紙の卸業をしていた市瀬さんが、なぜ持続可能なまちづくりに携わるようになったのでしょうか。現在の主要な仕事である環境教育にかける思いについても伺いました。
■紙屋から環境活動へ
Q:紙の販売を広げるためのツールだった「環境」が、どうして本業になったのでしょうか?
環境活動を手がける流れの中で、環境NGOや林野庁、林業家の方などとも協力して、日本の森林を守りながら紙の新しい可能性を探る、さまざまな活動に力を入れるようになりました。そのうちに、本業よりもそちらをメインにしたくなりました。
そして2007年に独立して、「㈱イーソリューション」を設立することになります。イーソリューションの主な収入源は、企業からの企画料とコンサルタント料です。企業の社会貢献活動(CSR)について相談を受け、場合によっては企画も実施しています。
例えば会社の設立当初には、コンビニエンス・ストア「ミニストップ」の割箸を国産材にするプロジェクトを実施しました。最近増えているのは、企業が主催する子ども向けの環境教育の開催です。大手セメント会社の例ですが、その会社では、ビルを解体する際に出る廃棄物や焼却ゴミの灰、一般家庭から出るゴミなどを、セメントの原料に利用しています。それを子どもたちにわかりやすく解説するための授業や教材をつくります。子どもたちにわかりやすい教材は、大人からも好評を得ています。
■人と人とをつなげる
Q:クラブヴォーバンとの関わりや、現在の役割について教えてください。
主に、クラブヴォーバンでは、メディアやイベントなどを通じて、人と人とをつなげる役割をしています。当初は、住宅とかまちづくりについては興味がありませんでした。2005年、環境活動を通じて知り合った早田宏徳さんが作ったモデルハウスを訪れ、耐震性や断熱性能を体感したとき「これはすごいな!」と価値観が変わりました。
また、村上敦さんの話を聞いて、「持続可能なまちづくり」という概念にすごく共感しました。自分がやってきた環境の分野と住宅やまちづくりが、こんなにつながっているのかと驚いたんです。だから早田さんや村上さんたちがクラブヴォーバンを立ち上げて、日本にも持続可能なまちを作ろうと言ったときに、自分も参加しようと決めました。
とはいえ、村上さんはドイツ、早田さんは名古屋というふうに、中心メンバーは東京にいません。そこで、東京に会社を持っているぼくがクラブヴォーバンの東京事務局も兼ね、東京でイベントをする際にお手伝いするという形で始めました。具体的には、イーソリューションの事務所と共有する形で、クラブヴォーバンやエネルギーパス協会など、さまざまな関連会社がオフィス機能を置いています。クラブヴォーバンには、暮らしやまちづくり、エネルギーなどに関する世界最先端の情報が集まってきます。それをいかに広めていくことができるか、という意味でぼくが貢献できる部分もあるのかなと思っています。
■人と人とをつなげるSDGsを広めるカードゲームを製作
Q:社会の環境意識を高めるためのゲームも作成されたそうですが?
2015年に国連で、SDGs(※)という持続可能性を高めるための17の目標が定められました。このSDGsの認知度を高めていくことで、環境教育とか持続可能なまちづくりが進んでいくと考えています。企業でも、CSRの部署の人はSDGsについてだいたい知っているのですが、それを本業に照らしてどう活用すればよいかはわかっていません。また、その会社の管理職の方は、SDGsというキーワードそのものをほとんど知りません。一般の方はなおさら知らないと思います。だから、まずはその認知度を高めることが大事だと思います。
多くの方に知ってもらうツールがあればという面白いのではと考えて、クラブヴォーバンが主体となってSDGsをテーマにしたカードゲームを開発しました。現在は、自治体版と企業版の2種類ができたところです。中でも自治体版は、村上敦さんの書籍『キロワットアワー・イズ・マネー』をベースにしたもので、自治体の方にも意見を伺ってつくりました。
適切な政策を実施しないと人口がどんどん減っていくという、人口減少社会のリアリティを反映したものになっています。財政が破綻したり人口が50%以下になったら負けになります。やっていただいた方の反応はかなり良いですね。こういうゲームを通して、どうすれば自分の町が持続可能になるのかと真剣に考えてもらえればと思います。ゲームは、自治体が主催して市民に参加してもらうという使い方もできます。こんなふうに、世の中に今までなかったものを生み出していくのは得意だし、好きですね。
※SDGsは、2015年に開かれた国連サミットで採択された、2030年までに達成するべき持続可能な開発のための17の目標。17の目標では「貧困をなくそう」「気候変動に具体的な対策を」といった大枠を定められ、さらに具体的な169のターゲットが挙げられている。
■企業や自治体を通じた環境教育を
Q:持続可能な社会を実現するには、何が大切だと思いますか?
特に大切なのは教育です。これまでは、企業から依頼されて環境教育をしてきたのですが、先日、クラブヴォーバンの自治体会議に参加している熊本県小国町の中学校で、環境教育の授業をさせてもらいました。小国町は、森林の効果的な利用や持続可能なまちづくりに取り組んでいますが、子どもたちは自分の町の活動を知りませんでした。
でも、中学生はその活動の意味をちゃんと理解すれば、すごく良い反応をしてくれます。地域の将来を担う子どもたちが地域の環境を意識することはとても大切なので、今後もこのような機会を増やしていければと考えています。
2018年
7月
05日
木
第11回 ラウパッハ・スミヤ・ヨーク(CVPTメンバー / 立命館大学経営学部教授)
立命館大学で国際経営学を教えるラウパッハ・スミヤ・ヨーク教授は、ドイツのご出身です。ドイツと日本で、20年以上にわたってビジネスの世界で生きてきたラウパッハさんが、「再生可能エネルギーの地域経済効果」を研究するようになった理由は何でしょうか?
疲弊した地域を立て直すため、エネルギーという視点から何ができるか? 日独の橋渡し役として、日本社会に提言を続けるラウパッハさんに伺いました。
■ドイツと日本との橋渡し役に
Q:ビジネスを営んでいたラウパッハさんが、大学でエネルギーを教えるようになった経緯を教えてください。
エネルギー問題を手がけるようになったのは、2011年の原発事故がきっかけです。当時はドイツにいて、ドイツの大学で国際経営学について教えていました。原発事故のあと、ドイツに残るか妻の故郷である日本に戻るかとても迷いましたが、日本の大学とのご縁があって日本に戻ることにしました。ただ、日本に戻るのであればいままでと同じことをするだけではなく、エネルギー問題を手がけなければという使命感が芽生えました。
特に再生可能エネルギーは、巨大な集中システムから小規模分散型システムへと、産業革命のようなダイナミックな変化が起きています。ドイツはその分野で世界をリードしているので、私は日本との橋渡し役になれるのではないかとも感じました。ドイツと日本でさまざまなビジネスに携わってきた私にとって、国際的な産業であるエネルギー分野は、経営学そのものです。別の分野をやっているという意識はありません。
■再エネの地域経済効果
Q:大学ではどのような研究をされていますか?
主に、再エネと地域経済の関係性を研究しています。いままでは、エネルギーを手に入れるために地域から富が流出してきました。地域資源である再エネを有効活用することで、そのお金を地域の中で循環させられれば大きなプラスになります。研究ではそのメカニズムを定量化して、成果を各自治体に紹介していこうと考えています。
すでにいくつかの自治体と共同して事例研究をしています。例えば長野県で行われたメガソーラー事業では、県内の事業者を積極的に使う場合と、主に県外の事業者を使う場合とでは、地域に及ぼす経済効果がおよそ2.5倍の差が出るという結果が出ました。ただ、理屈ではメリットが有るとわかっても、政策としてどうやって織り込んで、成果を可視化していくかについてはまだまだハードルがあります。これからは、そのあたりを深めていきたいと思います。
効果的な政策を実現させるカギは、地域の合意形成です。再エネが増えた一方で、地域住民の反発などいろいろな課題も生まれています。そこで、「このようなやり方で導入すれば、自治体にも住民にも双方にメリットがある」というモデルを示してサポートしていきたいと考えています。
また、ドイツで自治体が出資してエネルギー事業全般を手がける事業体を「シュタットベルケ」と呼ぶのですが、日本でもそれを手本にして自治体がエネルギー事業に関わるケースが増えています。最近では、そのような組織が連携して「日本シュタットベルケネットワーク」も設立されました。私はそのサポートもしています。日本で、ドイツのように自治体が主体のエネルギー事業が根付くには、いろいろな課題があって難しい面もあります。しかし、結果的に地域の課題解決に結び付けられるような取り組みになれば良いと考えています。
■省エネ改修のメリットをどう考える?
Q:クラブヴォーバンとは、どのように関わっているのでしょうか?
ドイツ在住の村上敦さん(クラブヴォーバン代表)の書籍を読んだことがきっかけで、同じようなビジョンを持って活動されていることを知り、協力しましょうという話になりました。今の所、私はクラブヴォーバンが主催する自治体会議などで、自分の研究を紹介しています。クラブヴォーバンでは省エネ住宅の普及を手がけていますが、自治体は公共施設の老朽化や空き家問題などで困っているので、省エネ建築を進めることがその解決に貢献できると思っています。ドイツでは、この省エネ改修の分野も進んだ取り組みがあるので、私としても紹介できればと思っています。
自治体で省エネ改修を行う際、単純にコスト計算しても回収するのは簡単ではありません。しかし、例えば温熱環境の悪いオフィスで働いていると、足が冷たくて頭が熱く、ぼーっとしてきます。断熱して温熱環境を整えることで、快適になって労働生産性も上がります。そのような間接的な経済効果は実はとても大きいのです。住宅にしても、オフィスにしても、省エネ改修する便益をコストだけで考えるのではなく、多面的な価値を総合的に検討するようになってほしいと思います。省エネ改修は、自治体のまちづくりにとって大きな効果を生み出すと感じます。
■「課題先進国」が生き残る道
Q:
少子高齢化などさまざまな課題が明らかになっている日本で、どのような対策をすべきでしょうか?
「課題先進国」と呼ばれるように、いまの日本が抱えている課題は、世界史的にも人類が抱えたことのない新しいタイプのものです。高齢化、少子化、過疎化…確かに深刻だけれど、対策によっては世界のモデルケースになれるかもしれません。もちろんそんなに簡単に解決できるものではありませんが、日本には課題を乗り越える技術も、能力も十分にあるはずです。私が問題だと感じているのは、日本人が正面からの議論を避ける傾向にあることです。未来は誰にもわからないのだから、議論を通じてベストを目指すような社会になれば、現実の課題を乗り越えられるでしょう。
特に地域の衰退という課題を解決するカギになるのは、大きなものへの依存ではなく、個々人や地域が主体性をもって自立しながら、いろいろなものと柔軟に連携して、地域を変えていくことができるかどうかです。私自身も、教育の現場を中心に実践していきたいと思っています。
2018年
6月
14日
木
第10回 川端 順也(CVPTメンバー / 建築士、ファイナンシャルプランナー、エネルギーパス協会講師)
建築士の川端順也さんは、拠点とする広島エリアで省エネ住宅を広める活動をしています。また、「ファイナンシャルプランナー」の資格や、建物の状態を調査する「インスペクター」という多彩な顔を持ち、地域の省エネ化をさまざまな面からサポートしています。
クラブヴォーバンのネットワーク組織である一般社団法人エネルギーパス協会で、エネルギーパスの講師も手がけている川端さんに、「温暖」とされる広島で、なぜ高断熱住宅が必要なのかについて伺いました。
■地域全体で省エネ住宅を増やしたい
Q:日頃はどのような仕事をされていますか?
広島で自分の設計事務所を立ち上げて、2018年で5年になります。ぼくがやっていることをひとことで言うと、中小の工務店の設計サポートです。大企業には会社の中に設計部門がありますが、小さい会社にはないことが多い。だから各工務店のお客さんと直接話して設計しています。その際に、将来の光熱費も考えて省エネ仕様の家にするようお勧めしています。
また、広島の建築関係者が集う「レモンの会」というネットワークに参加しています。レモンの会では、建物の燃費性能の表示を常識にすることで、地域にエコで健康的な住宅を増やしています。この活動を通して、会員企業がお互いの手がけた建築現場を見せ合うようになるなど、それぞれの社員の意識も向上しているという手応えを感じています。ぼくだけが頑張っても仕方ないので、広島地域全体で建築業界のレベルの底上げできれば良いと思います。
■独立のきっかけは、たび重なる震災
Q:建物の省エネに高い関心を持ったきっかけは何でしょうか?
ぼくは大阪出身で、以前は神戸のゼネコンでマンション建設を手がけていました。そのときは、省エネのことはきちんと考えてはいませんでした。きっかけとなったのは相次いだ地震です。2011年2月に、語学留学をしていたニュージーランドで大きな地震があり、被害がでました。自分に何かできることはないかと、つながりのあったニュージーランドの設計事務所とメールのやりとりをしているうちに、今度は3月に日本で東日本大震災と原発事故が起きました。
かつては、神戸の震災も近くで体験しました。でも、神戸でもニュージーランドでも、「結局自分には何もできなかった」というもどかしさを抱えていました。だからこそ、「今度こそ絶対に何かしなくちゃいけない」と強く思ったんです。何ができるかはわかりませんでしたが、2011年9月に会社を休み、津波で被害を受けた仙台や原発事故後の福島を訪れました。すさまじい被害の現場を見て、「津波は止められないけれども、建物の省エネ化により、原発がいらない社会をつくる手助けはできるかもしれない」と感じました。
独立して省エネ建築を志したのは、震災がきっかけですね。ちょうどその頃、エネルギーパス協会の吉田登志幸さんと出会い、クラブヴォーバンの早田さんを紹介してもらいました。その後、エネルギーパス協会の講師にもなって、関西圏でレクチャーが必要なときはぼくが教えるようになりました。エネルギーパスは、住まいの燃費性能を計る共通のものさしです。活動を通じて、まずは建築のプロの人たちが、建物の燃費性能を意識することを当たり前にしていきたいと思います。
■広島で省エネ住宅を建てるのか?
Q:広島は 「温暖」というイメージがあります。住宅を断熱する必要があるのでしょうか?
確かに、広島で省エネ住宅を広めるのは簡単ではありません。「広島みたいな温暖な地域で、断熱なんてやる必要あるのか?」とさんざん言われてきました。でもイメージと実態とは違います。広島は晴天率が全国的にも高く、日中の気温だけを見ると暖かい。でも晴れていて雲がないので、夜は放射冷却が起きて一気に気温が下がるのです。その温度差が、ヒートショックなどにつながっています。広島医師会は、天候や気温などに応じて脳卒中予報を出していますが、これなども家が暖かければリスクを格段に減らせます。
特に広島の北の方は山岳地で、朝晩は非常に寒くなります。当然、家計に占める光熱費の割合はすごく高くなります。でもそういうエリアほど、断熱なんて考えないいわゆる「ローコストメーカー」が広まってしまっています。これは大変残念です。
一般的な銀行員やファイナンシャルプランナーは、「住宅の購入価格は安い方がいいですよ」と勧めています。でも光熱費や健康状態も合わせて考えると、そうではありません。車を購入するときに燃費を調べるのと同じです。ぼくはファイナンシャルプランナーの資格も持っているので、建物の性能を上げれば光熱費が下がるとか、省エネ住宅には補助金も出ますといった総合的な話を案内しているんです。健康リスクの低下も考えると、初期投資だけではわからないメリットがたくさんありますから。
■規模の大きな建物こそ、断熱改修を
Q:
戸建住宅だけでなく、幼稚園など大きな建物の設計も手がけられているとお聞きしました。
ぼくはこれまで、地域の工務店に温熱環境のことを伝える仕事をしてきました。それがわかる工務店が増えていけば、ぼくの仕事の一部は不要になります。でもそれだけで社会が省エネ化するかと言えば、そんなことはありません。新築の戸建て住宅だけでなく、スーパーや老人ホームなど、それなりに規模のある建物をなんとかしていかないといけません。夏や冬には24時間冷暖房をかけているこうした建物の断熱性能が、「こんなにひどくていいのか」と驚くようなレベルです。これからは、そちらの断熱改修も含めた設計に力を入れていきたいと思っています。
とはいえ、いきなり断熱だけするわけにもいきません。ぼくたちがどういうことをしているかというと、広島では余り気味の木材を活かして、小学校とか幼稚園をリフォームしようという流れができています。その際に、単に木をたくさん使うだけでなく、高断熱化も合わせてやろうよと提案をしています。最近、広島県内のこども園の設計を、うちも含めて3つの設計事務所が共同で手がけることが決まりました。完成は2020年の予定ですが、できたら皆さんにも見に来てほしいですね。
■シェアのコンセプトでニュータウンを再生したい
Q:
省エネ建築でどんな未来をつくりたいですか?
広島市には東京の多摩や大阪と同じように、大きなニュータウンがあります。そして他の2ヶ所と同様、広島でも少子高齢化が始まっていて、高齢者ばかりのエリアが増えています。
広島のニュータウンには戸建ても集合住宅も混ざっているのですが、こちらの一戸建ては特に大きくて、ひとつの敷地が70坪位あるんです。親が亡くなると子どもは土地を売るのですが、不動産屋は大きな家を取り壊して、土地を2つに割り、新築を2つ建てて売るという流れができています。でも、そういう戸建てが増えると資源が無駄になるし、省エネにはなりません。
ぼくならむしろ70坪の土地を2つつなげて、一戸建てをシェアハウスや低層住宅にリフォームして、みんなでシェアできる新しい街にしたいと思います。いまでは、シェアハウスや自動車のシェアが広がっているように、必ずしも一戸建てがほしいという人ばかりではなくなっています。そういう「シェア」の感覚を持つ人が集まる街をつくれたら、ニュータウンの再生もできるのではないかと思うんです。これは長期的な夢ですが、少しでも実現できたらいいなと思っています。
2018年
5月
24日
木
第9回 吉田 登志幸(CV監事 / オストコーポレーション北関東)
「地方に活気を取り戻して分散型社会をつくりたい」と語る吉田登志幸さんは、その言葉通り都心でのサラリーマン生活をやめ、のどかな栃木県佐野市に家族とともに移住しました。手がけているのは、国内最高性能を誇る木製トリプルサッシなど、高気密高断熱住宅用の建材販売です。
地域の工務店と組んで、寒い北関東に暖かい住宅を提供している吉田さんは、自らも自社の建材を存分に使った素敵なお宅で暮らしています。エネルギーパス協会の理事も務める吉田さんから、断熱の重要性や、クラブヴォーバンの活動について伺いました。
■一目惚れしたスウェーデン様式の木製の家
Q:なぜ高気密高断熱住宅用の建材を扱うようになったのでしょうか?
かつて務めていた住宅関係の建材を扱う商社にいたとき、仙台の総合展示場でスウェーデンハウスというメーカーのモデルハウスを見て、一目惚れしました。とにかくデザインが格好良くて「いつかこんな家に住みたい!」と憧れるようになったんです。その会社では9年ほど営業をしていました。会社の方針は薄利多売で、自分が心から薦められない商品でも売り続けなければいけませんでした。
そんなことをしていても楽しくないし、お客さんから感謝されることもありませんでした。会社の尊敬する先輩はすでに独立していて、スウェーデン製の建材を扱う会社を立ち上げていました。入社して10年目となる2001年に、僕も会社をやめて、先輩の会社ののれん分けのような形で、現在の(有)オストコーポレーション北関東を立ちあげました。
スウェーデン様式の家の魅力は、何といってもデザインの良さです。さらに、断熱性能など住宅としての性能もきちんとしています。どちらかだけという家はありますが、両立している家はなかなかありません。
僕は一般の消費者に直接売るのではなく、工務店や設計事務所を対象に建材を卸しています。どんな相手でも売らなければいけなかったサラリーマン時代はストレスもありましたが、いまはきちんとコンセプトが一致する住宅のプロが相手なので、やりがいがありますね。お客さんに納得した上で買っていただいているので、いわゆるクレームになったことはありません。たとえ施工後に多少の不具合があったとしても、調整して元通りにすることができます。ありがたいことに、全国に広げて欲しいという話もいただくのですが、自分自身がメンテナンスできる範囲で責任を持ってお売りしたいので、いまは栃木、群馬、茨城、埼玉、福島などに限定させてもらっています。
もちろん、政治の役割は大きいですが、それを支えるのは一人ひとりがどんな日本にしたいのか、というビジョンを考えることから始まるのではないでしょうか。何もドイツやスウェーデンの真似をする必要はありません。ただ、スウェーデンがやっていることには日本の方向性を考える上で、たくさんのヒントがあると思います。私は、そのヒントを探すお手伝いができたらいいと思っているんです。
■こだわりの木製サッシ
Q:注文が多いのはどのような建材でしょうか?
売上として多いのは、木製断熱玄関ドア、サウナ、床材や羊毛を使った断熱材や珪藻土の塗り壁など複合的なラインナップです。いずれも家の断熱や調湿性能に関わる材料でもあります。
うちが扱う建材で僕が気に入っているのは、トリプルガラスと木製サッシの高性能窓です。家のエネルギー性能を左右するのは、開口部の窓になります。ドイツなどでは樹脂サッシが主流ですが、北欧では木の家が多いのでサッシも木製です。外観は木のほうが断然良いと思います。さらにうちが扱う木製サッシは断熱性能も最高レベルで、寒い北関東でも暖かく過ごせます。
木製ならではの注意点としては、初期投資が少し高くなるのと、定期的なメンテナンスが必要になることです。風雨にさらされるサッシの外側に5〜6年に一度、塗装することをお勧めしています。窓枠が一回転するので、2階の窓でも自分で塗る事ができて経済的です。
新築ならこのような木製トリプルサッシをお勧めしますが、リフォームされる場合は、費用対効果を考えると木製の内窓がいいと思います。実は福島県会津地方の材木屋さんと、10年近くかけて共同開発した国産材を使った木製の内窓を、今年から本格販売できることになりました。これまでは輸入品の建材だけを扱っていましたが、性能の良い国産のものを使いたいというのは以前から思っていたことです。
窓はペアガラスで、ガラスとガラスの隙間は16ミリの空気層があります。ここまでしっかりつくられている内窓はなかなかありません。性能はもちろんですが、インテリアとしても見映えがします。まだ原価が高いのですが、経産省の省エネ製品として認められ補助金が出ることになったので、お客さんには割安で手に入れてもらえるようになりました。
■家のエネルギー性能表示をスタンダードに
Q:クラブヴォーバンでの役割を教えてください
クラブヴォーバンには、省エネ建築を手がける工務店さんがたくさん参加しています。僕は住宅業界にいますが、家をつくる工務店ではないので、業界のつなぎ役として一歩引いた立場から、どうやったらうまく連携できるかを提案できる立場だと思っています。
またエネルギーパス協会の理事として、講習を手がけています。エネルギーパスは、家のエネルギー性能を計る共通のものさしをつくろうということで広げてきました。住宅業界では、「言ったもの勝ち」みたいな風習があって、それぞれが「自分の会社の家はすごい」と宣伝しています。それを共通のものさしで計れば数値で比較できるので、ハッタリが効かなくなります。
2017年4月からは、国が「BELS(ベルス)」という新しいものさしを基準にしました。この動きは、エネルギーパスの広がりが触発した面があるかもしれません。今後は、新築住宅についてはBELSが基準になっていくでしょう。ではエネルギーパスがいらなくなったかというと、そんなことはありません。
BELSは、建物の外皮性能はわかりますが、野原の一軒家に建った家を前提としているので、日当たりや、風況といった環境条件は反映されていません。さらに、大切なはずの気密は国の基準から外されているので、反映されていません。エネルギーパスは、環境条件も気密も総合的にキッチリ計算できるので、 BELSよりリアルな性能がわかるようになっています。
さらに、例えば中古住宅の価値基準は、消費者にはわかりにくいものになっています。そのエネルギー部門の価値を決めるとき、エネルギーパスで表示する形で活用していけるはずです。新築か中古かを問わず、家のエネルギー性能表示を一般の方に、もっとわかりやすい形で提示していく社会にしていく必要があります。
■小規模分散で地方を元気にしたい
Q: どんな未来を作りたいでしょうか?
一極集中ではなく小規模分散型の社会になればよいと思っています。それはクラブヴォーバンがめざす社会とも共通しています。僕が独立するときに佐野市に移住した理由のひとつは、北関東エリアで販売するのに地理的に便利だったからですが、もっと大きな意味では、都会ではなくもっと人間らしい暮らしをしたいという願望がありました。家の近くにはコンビニがありませんが、不自由したことはありません。仕事だけでもなく家だけでもなく、人生を総合的に考えて佐野で暮らすことにしたのですが、正解だったと思います。
以前の僕がそうだったように、サラリーマンの大多数はみんな忙しすぎて、家庭や地域を顧みるエネルギーがなくなっているのではないかと思います。こういう暮らしをする人が増えたら、もっと地方が元気になるのではないでしょうか。
日本で人口減少や少子高齢化が進むのは、避けられないことです。それなら嘆くのではなくアクティブにとらえて、高齢者が地域のために活き活きと働ける社会を作れたらいい。でも高齢者が寒い家に住んでいたら、病気になる人や寝たきりが増えてしまいます。そして医療費や社会保障費がさらに増加して大変なことになります。そうならないためにも、高気密高断熱の家が普及することは本当に大切です。寒くない家で、健康に長生きしてもらうのがいいですね。わが家も高断熱高気密住宅になってからは、家族みんな風邪をひきにくくなりましたから。
2018年
5月
09日
水
第8回 金田 真聡(CVPTメンバー / 建築家、EA partners共同代表)
ドイツ・ベルリン在住の建築家である金田真聡さんは、自ら設計するだけではなく、コンサルタントとしても日本企業や自治体にドイツの先進的な建築を紹介し、断熱を始めとする省エネ改修の重要性を伝えています。
30歳を過ぎてから、言葉もままならないドイツに単身乗り込むというチャレンジをした金田さんから、ドイツの建築事務所で働くようになって驚いたことや、建築家に求められる社会的役割の違いなどについて語っていただきました。
■社会に貢献できる建物をつくりたい
Q:なぜ30歳でドイツへ移住したのでしょうか?
ぼくは、日本の高校から大学、会社員とごく一般的ルートを辿って生きてきました。日本の建設会社の設計部で仕事をしながら、いつか海外で建築の仕事をしたいと夢見ていましたが、なかなかチャレンジすることができないでいました。
そんな中、30歳を目前にして東日本大震災が起こりました。自分も含めて、東京都内の会社から帰宅困難に陥る人たちや、福島第一原発事故によるエネルギー問題をつきつけられ、自分の中の価値観が変わりました。安定していると思いこんでいた日本の社会構造や、その価値観に基づいて設計された建築物が、実は非常に脆弱だったことに気づいたからです。
自分としては、エネルギー消費が少なく、持続可能な社会作りに向けて貢献できるような建物をつくりたいという思いが強くなりました。また、一度きりの人生でいま思い切って挑戦しないといつどうなるかわからない、というふっきれた気持ちにもなりました。そして、省エネ建築の先進地として知られるドイツで建築の仕事をしようと考えました。当時はドイツ語どころか、英語もおぼつかない状態でしたが、履歴書、作品集、面接準備と必要なものから逆算して英語の勉強をして、震災の翌年にはドイツの設計事務所の採用面接を通過することができました。
■ドイツで感じた圧倒的な差
Q:ドイツで、日本の建築との違いを感じた部分はどんなことでしょうか?
ドイツの設計事務所では、一般的なドイツの建物を調べて図面を作っていました。まさに「なんじゃこりゃあ!」という驚きの連続でしたね。日本では、内断熱だと通常は断熱材の厚さが2.5センチくらいなんですが、ドイツでは20センチもありました。窓はトリプルガラス(3重)だったり、ブラインドが外についているのにも驚かされました。
例えばトリプルガラスは、話では聞いたことがあったのですが、使われているのは特殊な建築物だけだと思っていたんです。ところが、2009年以降の新築や大規模改修ではごく普通に使われていました。ドイツは年々、国が定める建築物の最低基準が厳しくなっているので、どの建物もきちんと断熱されています。しかし日本では義務としての最低基準すら存在していませんでした。圧倒的な差を感じました。
ドイツは、国家としてエネルギーシフトを進めています。その政策の中で、省エネ建築が重要になっているという経緯がありました。当時の自分は、日々の図面を描く仕事で手一杯だったので後から知ったことですが、ドイツがなぜここまで徹底して省エネ建築を手がけているかという背景には、そのような社会状況も深く関係していました。
もちろん、政治の役割は大きいですが、それを支えるのは一人ひとりがどんな日本にしたいのか、というビジョンを考えることから始まるのではないでしょうか。何もドイツやデンマークの真似をする必要はありません。ただ、デンマークがやっていることには日本の方向性を考える上で、たくさんのヒントがあると思います。私は、そのヒントを探すお手伝いができたらいいと思っているんです。
■建築家のやるべきことはいくらでもあった
Q: 建築家が社会で果たす役割についても、日独で違う印象をもたれたとか?
日本にいる時は、将来自分が建築家としていつまで仕事をできるだろうかと不安に感じていました。入社直後にリーマンショックが起こり、40歳以上の社員に早期退職を募っていました。また、人口減少による空き家問題や新築市場の縮小がクローズアップされていて、将来も設計士として仕事があるのかと心配しました。ぼくに限らず、建築を手がける若い人たちの間には、将来の展望が開けず閉塞感が広がっていたと思います。
しかしドイツでは、省エネルギー化を目的とした改修はこの先何十年分もあり、建築家の仕事はいくらでもあります。ドイツの建築家には、ただ建物を作るだけではなく、未来の社会や生活環境のヴィジョンを作ることが求められています。50年先や100年先の社会をイメージして、将来あるべき建物や町を作る役割を担っている。そこにはもちろん、エネルギーやまちづくり全般も関わってきます。そのように考えれば、建築士にやれることはいくらでもあるんだと、目の前に道がひらけたかのように感じました。ドイツでは建築家だと言うと、「良い仕事だね」と色々な人に言ってもらえました。
■強みはマンションやビルの省エネ化
Q:クラブヴォーバンでの役割は何でしょうか?
ぼくは日本とドイツの両方で働いた経験を活かして、建築分野でその架け橋になれればと思っています。ドイツで省エネ建築が広まっていると言っても、単純にそのまま持ってくれば日本で広がるわけではありません。行政の方や企業の方など多方面の人と関わり、その町に合った最適な建物のあり方を丁寧に提案していければ良いですね。
日本でもここ数年で、戸建ての新築住宅の省エネ性能は格段にアップしてきました。一方で、エネルギー消費量の多い集合住宅やビルの分野ではまだ非常に遅れたままです。元々は大規模建築物を扱うゼネコンの設計部で働いていましたし、ドイツでも大型の集合住宅の設計に携わってきたので、今後はそちらの分野に力を入れていきたいと考えています。戸建ては個人に決定権が大きいので理解を得られ易い部分もあるかもしれませんが、ビルやマンションは関係者が多く、法律も絡んでくるので簡単には動かせません。そのためにも、クラブヴォーバンのような仲間づくりの場はとても大切になってきます。
■良い建物を作る人はいい環境で働いている
Q:日本をどんな社会にしていきたいですか?
日本では、みんなが我慢することが当たり前になっているように感じます。省エネだけでなく働き方も、我慢とか犠牲が前提になっている。ヨーロッパの人は、人生を楽しむために生きるよう育てられていると感じます。日本でも、そう思えるような環境づくりを手がけられたらいいですね。
労働環境もそのひとつです。働いている建物だけ立派だったり性能が良ければ良い、というものではありません。建物を作る人の生活環境や労働環境って、その人たちがつくった建物にも現れと思っています。ドイツでは、建物の性能や品質はもちろん高かったですが、そのために働く人たちや住まう人たちの労働環境も日本に比べ良かった。より良い社会作りのためには、その両方が大切だと思ったので、日本でもそうなるように取り組んでいくというのが、ぼくにとってテーマの一つになっています。
2018年
3月
16日
金
第7回 ニールセン 北村 朋子(CVPTメンバー / ジャーナリスト・コーディネーター・アドバイザー)
デンマーク・ロラン島に暮らすニールセン北村朋子さんは、日本に持続可能な取り組みを紹介しているジャーナリストです。デンマークは、2050年までに電力はもちろん全エネルギー供給を100%自然エネルギーに転換する、という野心的な目標を掲げています。中でもロラン島は、すでに電力のおよそ700%を風力やバイオマスなどでまかなう環境先進地域となっています。
デンマークと日本を行き来する北村さんから、デンマークで持続可能な取り組みが続けられている理由や、日本にも導入できる取り組みなどについてお聞きしました。
■島で目にした風車とワラのヒミツは?
Q:持続可能性について興味を持ったきっかけは何でしょうか?
ロラン島に行く前は、日本でフリーの映像翻訳家をしていました。デンマークに住むようになったきっかけは、結婚した彼の故郷がロラン島だったからです。持続可能性について深く考えるようになったのも、ロラン島に行ってからです。
2001年に島に到着したときの印象は、見たこともないほどたくさんの風車があちこちに立っている光景でした。風車は誰が所有しているんだろう?というのが最初の疑問です。また、畑には大きな四角いワラの塊が積み上げられていて、これも私にとって謎でした。
聞けば、風車のほとんどはその辺りに住んでいる個人の農家や、地域で所有していました。現在は自治体や国レベルが所有するものも多いのですが、当初は農家の人たちが出資して、売電収益を得るところからこの島に風車が広まっていきました。日本にいた頃は、エネルギーは国や電力会社がつくるもので、自分たちには関与できないと考えていたので、普通の市民がエネルギー設備を所有して、運営するというのは衝撃でした。
また、ワラの塊はバイオマスの燃料として、地域暖房をまかっていました。設備に投入しやすいように、共通の四角いサイズに整えてあるんです。燃やした後に残る灰は、畑に持ち帰って肥料にする。話を聞けば聞くほど、島に来て目についたものが、ぜんぶ無駄なく循環していることに驚きました。さらに衝撃を受けたことは、そういうことを一般の人が理解しているということです。もちろんレベルの差はありますが、誰に聞いても島の持続可能な取り組みについて説明できる点はすごいと思いました。
■大人がいつでも学べる環境
Q:デンマークやロラン島は、どんな所が持続可能だと思われますか?
ひとことで言えば、循環型の社会であることです。またそういう考え方を、いろんな世代が共通した認識を持つことのできる教育をしていることも大切です。教育といっても、子どもの頃の学校教育だけではありません。大人になってからも新しい知識を得る機会がたくさんあります。ロラン島では、農家が手の空く冬に誰でも気軽に聞きに行けるカルチャー教室が開催されます。エネルギーの分野では、例えば「自分の家をエネルギー効率が良い家にするには?」とか、「自家用風車の建て方について」といった講座などです。
テレビなどでもよくこうしたテーマの番組をやっています。またエネルギーに限らず、「あなたに何ができるか?」という内容の番組が圧倒的に多いように感じます。デンマークでは、日常会話でそのような社会的テーマを話すことは普通なのですが、日本に帰って友人と話をすると「そういう難しい話やめようよ」と言われてしまいます。でも、無関心でいることで高い電気代を気付かずに払っていたり、断熱せず寒い家にガマンして住んでいたりするのは、もったいないと思います。
■お薦めは自転車道の整備
Q:クラブヴォーバンでの役割は何でしょうか?
クラブヴォーバンが素晴らしいのは、個人や家庭レベルでできることだけでなく、地域とか国レベルで変えなければならない部分を、自治体などと協力して変えていこうとしていることです。私が貢献できるのはそういう部分になります。
日本の自治体でもぜひ導入してもらいたいことのひとつは、デンマークで進んでいる自転車インフラの整備です。自転車専用の道路が整備されているデンマークでは自転車に乗る人が増え、それによって大きな社会的価値を生み出しています。コペンハーゲンの自転車専用道路は、1日4万人以上の人が利用しています。端で見ているとすごいスピードで怖く感じましたが、実際に走ってみると車を気にしなくて良いのですごく楽でした。自転車用の信号もあるし、車線も別れている。安心感がぜんぜん違いました。
東京に住んでいた時は、車道を自転車で走るのがすごく怖かったのを覚えています。自転車レーンのある道でも、路上に駐車している車があるので大きくはみ出さなければいけません。かつて自転車体験ツアーをコーディネートしたことがありますが、そういった違いや快適さを、実際に確かめられる機会を増やしていきたいと考えています。
日本であっても、どこかの自治体でモデルをつくって実施すれば全国で広がると思います。既存の道路を拡張するのは難しいでしょうけど、高架型の自転車道をつくればいい。災害などで下の道路が使えないときには、緊急車両用の道路としても活用できます。それができるだけの技術と知見を、日本は持っているはずです。
■将来どんな社会をつくりたいか?
Q:デンマークと日本とを行き来している北村さんから見て、日本社会をより良くするカギは何だと思われますか?
日本社会はいま、急激な変化にさらされています。本来ならそれに合わせてシステムを再構築しなければいけないのですが、現実がなかなか追いついていないと感じます。その根本には、これから人口が縮小して若者が減っていく中で、日本がどういう国になりたいのか、どういう社会を作りたいのかという方針がはっきり決まっていないというのがあるかもしれません。
もちろんデンマークも問題はあるのですが、デンマーク人がすごいのは、自分の国の課題は何で、将来どうあるべきか、ほとんどの人がはっきりとした意見を持っていることです。そして地方や国の議員はそうした意見を吸い上げて、政治を進めようとしている。
ドイツも同じです。将来どうするかという目標を決めて、それが実現できるようロードマップを定めて動いています。目指す所がはっきりしているから政権が変わったくらいでブレることはありません。でも日本では、残念ながらどこに向かいたいのかがわからない。行き先がわからなければ、企業は先行投資ができません。経済が停滞するのも当然です。
もちろん、政治の役割は大きいですが、それを支えるのは一人ひとりがどんな日本にしたいのか、というビジョンを考えることから始まるのではないでしょうか。何もドイツやデンマークの真似をする必要はありません。ただ、デンマークがやっていることには日本の方向性を考える上で、たくさんのヒントがあると思います。私は、そのヒントを探すお手伝いができたらいいと思っているんです。
2018年
2月
23日
金
第6回 永井 宏治(CVPTメンバー / 建築・都市・環境コンサルタント)
永井宏治さんは、ドイツで省エネ建築や都市計画などを幅広く手がけるコンサルタントとして活躍しています。そしてここ数年は、日本の自治体や企業とも連携し、ドイツの知見を提供、街区の再生や住みよいまちづくりをめざしています。
永井さんから、ドイツのまちづくりの考え方や、日本社会の課題、そしてどんな未来を築いていくべきかについて伺いました。
■大怪我して気づいたこと
Q:ドイツでまちづくりを学ぼうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
私は留学したいとか、海外で働きたいという強い思いがあったわけではありません。きっかけは高校でラグビーをしていて、足を大怪我したことでした。人生で初めて松葉杖で歩くようになり、世界が違って見えるようになりました。街を歩くことや、建物の中で生活することの不便さを感じるようになったのです。山の中の新興住宅地に住んでいたのですが、駅から家まで急な坂道が続いていたり、駅の階段でエスカレーターがなかったりと、不自由な人は本当に大変だなと。
なぜこういう町がつくられたのかに興味が湧いたということと、もっと改善していきたいと考えて、大学では都市計画を志すようになりました。この分野では、当時からドイツが先進的な取り組みをしていました。そして進路を相談した大学教授の薦めもあり、卒業後に22歳でドイツの大学院へ留学。その後、就職してドイツがずっと拠点になっています。
■効率的な土地利用を進めるコーディネーター
Q:ドイツでは、どんな仕事をされているのでしょうか?
都市計画は、建物の省エネ性能の向上、電力や熱の供給、公共交通をどうするのか、といったさまざまなことを手がける仕事です。建物を省エネする場合も、効率的なエネルギー供給について考える場合も、個別の家だけで考えるのではなく、エリア全体で考えることでより効果が増します。そういった分析をして、どの地区ではどのようなエネルギー利用が有効かをシミュレーションして提案をするということをしてきました。
ドイツの街並みが整っているように見えるのは、「Bプラン」と呼ばれる自治体がつくる土地利用計画があるからです。どの敷地にはどういう建物をどういう風に建てなさいという縛りをかけていくんです。ドイツの自治体の権限は日本よりも格段に強く、将来に渡ってこの地域をどうしていくのかという未来図を描くことができます。都市計画の仕事は、そのBプランを自治体と一緒につくっていくことから始まります。
このようなプロジェクトを円滑に進めるには、政治のサポートや住民の理解が欠かせません。また、既存のエネルギー供給網を拡大する場合や、新設する場合には、地元のエネルギー供給会社とすり合わせる必要があります。そのような人同士のつながりを作るコーディネーターの役割も担っています。
■車中心社会への反省
Q:ドイツと日本と行き来する中で、どんな違いを感じますか?
ドイツで働いてやりがいのある部分は、若くても個人の力を発揮できる場があることです。既存のやり方にとらわれず、自分の意思でチャレンジできる。日本だと、なかなかそうはいきません。もっとも衝撃を受けたことは、専門分野の人って普通はなかなか自分の業界とか自分たちがやってきたことの過ちは認めたがらないじゃないですか?でもドイツはやってきたことの間違いを認めて方向を転換するんです。例えばドイツは日本と同様に車中心の都市計画、いわゆるモータリゼーションを進めてきました。でもいまの都市計画家の多くはこの車中心のプランニングは間違いだったと評価して、車を減らす都市計画を進めているんです。
最近は日本の企業や自治体とも事業をしているのですが、特に自治体は予算が単年度でしかつかないので、長期的なビジョンのもとに持続可能な計画を立てにくいと感じています。また、ドイツの企業や自治体は、一番になるのが大好きなので、開発や導入の速度がめちゃくちゃ早い。日本の自治体は前例主義なので、「他で実際にやっているところはありますか?」とよく聞かれます。なかなか迅速な決断ができない仕組みになってしまっているように思います。
■自治体の街区の再開発をサポートしたい
Q:クラブヴォーバンではどのような役割を担っていますか?
これまでクラブヴォーバンは個別の住宅の省エネ化に力を注いでいたので、私も住宅の性能評価を測る指標である「エネルギーパス」のツールを開発するといった関わりをしてきました。いまはもっと幅を広げて、自治体との協力も含め街区やエリアで考えているので、自治体の住宅地や街区の再開発、改修などを一緒にできたらと思っています。すでにいくつかの自治体とは相談させていただいています。
街区全体を改修するのは個別の建物ほど簡単ではありませんが、例えば老朽化した団地は、入居者も減り、今いる入居者も高齢化するなど、どうにかしなければなりません。とはいえ、自治体には取り壊して新しいものをつくるお金がない。ドイツでは巨大団地の大規模省エネリフォームなどの例も豊富で、それによって新しい価値が生まれ、入居者が増えている例もあります。このような動きは、日本の団地でも応用できればと思います。
■日本の住環境を変えるために
Q:これからどんな未来をつくりたいですか?
ドイツから日本に戻り、町中に入ると絶句するんです。例えば電車の線路スレスレに住宅が建っているなどということは、ドイツでは極めて例外です。また、私には子どもが2人いるんですが、ドイツの公園には木製の遊具がたくさん並んでいます。でも日本の公園には遊具が何もない。ケガをしたら危ないからといって、どんどん撤去されてしまうんです。子どもが遊ぶところがないと、親も大変です。先進国なのに、そんな住環境や生活環境になってしまっているのは悲しいことだし、変えていきたいと思います。
ドイツだって、やってもすぐに結果が出ないことは多い。でもチャレンジし続けてここまできました。日本の最大の問題は間違いを笑う教育の延長でチャレンジしないこと。それが一番良くないと思います。両国を比べると、個人の能力や企業の技術力の差はほとんどありません。でもシステムの問題とか意識レベルで、大きく遅れをとっている。それは残念だし、変える必要があると思います。いま日本は急激な人口減少を迎えています。それは危機という面もあるのですが、人口が増えているときにはできない、従来のシステムを修正するチャンスでもあると思っています。
2018年
2月
08日
木
第5回 中谷 哲郎(CV理事 /(株)日本エネルギー機関代表取締役)
中谷哲郎さんは、住宅リフォーム関連の新聞社で活躍、3000社を超える住宅関連企業を取材してきました。その豊富な経験を活かして、現在は住宅を中心に持続可能なまちづくりについての情報発信を続けています。
「その頃は省エネや環境には全く興味がなかった」と語る中谷さんは、なぜ日本で「ヴォーバンのようなまちづくり」をめざすようになったのでしょうか?住宅とメディアに長年関わり続けてきた彼だからこそ感じた、これからの省エネ住宅やまちづくりのあり方とは?
■山口県の地元が衰退していく危機感
Q:新聞社時代から、住宅リフォームに可能性を感じていたと聞いています
住宅リフォームの業界紙を手がけていた頃に、常に考えていたのは「地方を元気にするために何ができるか」ということでした。住宅リフォームは、地域の経済基盤を担える産業です。家を持つ人が、壊れた箇所を修復するだけでなく、より良い家にアップグレードすることで、暮らしが豊かになり、かつその投資によって地域の産業創出にもつながるからです。
背景には、私が山口県周南市(旧徳山市)出身で、衰退の一途をたどる地元をどうにかしたいと考えたことが影響しています。昔はすごく賑わっていましたが、今では商店街はシャッター通りで、まるで活気がない。情報メディアに関わっている人間として、地元がこのまま消えていくのを黙って見ていられないという危機感を抱いてきました。
■価値あるリフォーム産業が、地域を元気にするという希望
Q:「住宅の省エネ化」という視点にめざめたきっかけは何でしょうか?
当時の私は、住宅の温熱環境や省エネ、持続可能性などについては全くの無知でした。転機となったのは2004年頃、取材で早田宏徳さん(クラブヴォーバン代表理事)と出会ったことです。早田さんは当時、仙台で高性能な住宅をつくる工務店で働いていました。「家をリフォームすることで、暑さ寒さなどの住み心地が快適になる」という早田さんの話は新鮮でした。
日本の住宅産業は、これまでは新築で稼いできました。しかし、人口減少が加速していて、これからはリフォームがカギになってきます。それを見映えだけのリフォームに終わらせるのではなく、住宅の質を上げることができれば、施主にも喜ばれる。その価値を伝えることができれば、地域の工務店の需要も増えるはずです。早田さんのイメージする事業ができるなら、自分の地元も含めて地域を支える産業になると希望を持ちました。そこで私が各地の工務店の経営者に声をかけ、早田さんのセミナーを開催するようになりました。
その後、早田さんからドイツ在住の環境ジャーナリストである村上敦さん(クラブヴォーバン代表)を紹介されました。「ドイツでは、住まいをリフォームすることで、住んでいる人も豊かにになり、地域も元気になる」という村上さんの話を聞き、「それこそ私のやりたかったことだ!」と共感しました。しかしドイツのリフォーム内容は、私の想定していたリフォームの上を行っていました。
ドイツの建築やまちづくりでは「エネルギー」という視点が欠かせません。誰もが毎日使っているエネルギーを地域で生み出したり、地域の中で循環させることで、外から買ってくるエネルギーを減らすことができるという視点です。個々の住宅についても省エネ化を推し進めることで、地域の産業としてかなりの広がりをもった動きになっています。これはすごいと思いました。そして早田さんと村上さんが、ドイツに学んだまちづくりを日本で行うためにクラブヴォーバンを立ち上げた際(2008年)、新聞社に所属しながら参加させてもらいました。
■所得が少なくても、住民を幸せにする合理的で民主的な都市計画
Q:ドイツのヴォーバン住宅地を訪れて何を感じましたか?
まさに百聞は一見にしかずです。村上さんの案内でヴォーバン住宅地をめぐると、「なんて合理的な街なんだ!」と心が揺さぶられました。長期的な都市計画のもとで、誰もが納得する形で開発が行われ、住民が参加してまちづくりが進んでいました。その仕組みはとてもシンプルで、理にかなっていた。
何より住んでいる人たちが、所得が特別多いわけではないのにみんな幸せそうなのが印象的でした。人口は、自分の田舎とそんなに変わりません。フライブルクが22万人、周南市は15万人。でも周南市はさびしいのに、フライブルクは「今日はお祭りでもあるんですか?」というくらい賑わっていました。「こんなステキな街に住みたい!」と心から思ったんです。
ヴォーバン住宅地に限らず、ドイツの都市計画では、長期的な経済動向を算定しながら住宅用地の面積が決められていました。ニーズがないのに住宅ばかりつくると、需給バランスが崩れて既存住宅の価値が目減りしてしまうため、みんなの利益を守るために、住宅をむやみに増やさないのです。
日本だって本当は、今ある資産価値を守るべきなのですが、これまではすぐに劣化してしまう住宅やマンションを無計画に、しかも大量につくっては売り続けてきました。さらに私が関わっていたようなメディアは、どちらかと言えば売れている住宅やメーカーなど、目の前で起きていることを後追いしてきた。そんな無計画なまちづくりをしていては、ヴォーバンのように住む人が幸せになる街はできません。ヴォーバンを訪れて、日本社会も私自身も、このままじゃいけないと気づきました。
■日本にヴォーバンのような素敵な街をつくる仲間を増やしたい
Q:クラブヴォーバンでの役割はどのようなものでしょうか?
私の役割は、日本にヴォーバンのような街を一緒につくる仲間を増やすことです。それを本格化させるため、私は2012年に新聞社を辞めて「(株)日本エネルギー機関(JENA)」を立ち上げました。そこで、「持続可能なまちづくりをすすめる情報ビジネス」を展開しています。
具体的には、省エネ建築のコンサルタント、ドイツへの視察ツアーのコーディネート、エネルギーパス(建物の省エネ性能評価の指標)の講習会などを、建築関係の企業に対して実施しています。そうした活動の中から、高性能住宅であるウェルネストホーム(旧低燃費住宅)やエネルギーパスに参加する仲間が増えてきました。また日本とドイツの架け橋として、日独の国交省の連携事業を手がけることもあります。
もちろん、私たちの力だけでは全国に広げることはできません。そこで、建材屋さんや建材の問屋さんと相談して、省エネに興味ある工務店の方を紹介していただいています。全国で私たちと方向性の合う建築業者さんを増やすことが、日本でもヴォーバンのようなまちづくりを実現するカギだと思うからです。
みんなが素敵だと思うヴォーバンのような街が日本で1つでもできたら、世の中が変わっていくはずです。それを実現するために、クラブヴォーバンの活動を広げていきたい。皆さんも是非仲間になってください。
2017年
12月
25日
月
第4回 石川 義和(CVPTメンバー・(株)Wellnest Home代表取締役)
今回の石川義和さんは、香川県高松市で建設業を営んできた会社の社長です。デザイン住宅を手がけ、「施主の夢をかなえる」ことをやりがいとしていた石川さんは、早田宏徳さん(クラブヴォーバン代表理事)との出会いやドイツ訪問が転機となり、今後の家づくりの方針を明確にします。
その後、ウェルネストホーム(旧低燃費住宅)を設立した石川さんは、なぜ寒さとは無縁に思える香川県で、高断熱高気密のエコ住宅を建て続けているのでしょうか? 地域で省エネ住宅をつくり、エンドユーザーに広めていく実践者から話を伺いました。
■日本の住宅に共通する問題点とは?
Q:ウェルネスとホームと出会う前は何をされていましたか?
ぼくは、香川県で昭和6年から建設業をやってきた会社の3代目になります。ウェルネストホームと出会う前は、デザイン住宅を手がけてきました。お客さんの要望をすべて聞いて、その夢を実現する仕事です。年間の受注棟数は、香川では多い方でした。
家が完成してお客さんに引き渡す時は、「夢の家をありがとう!」と、めちゃくちゃ喜んでくれました。でも、時が経てば経つほど満足度は低下して、クレームが増えるようになりました。当時、ダントツに多かった不満は、「暑い」「寒い」です。うちの会社は木の品質や施工、見映えにはこだわっていました。でも、暑さや寒さといった温熱環境について知見がなかったので、「日本の家なんてこんなものですよ」としか答えられませんでした。
それから、「間取りが悪い」と言われました。お客さんの望みどおりにしたのに、なぜそう言われるのか不思議ですよね? でも必要な間取りは、お客さんの生活スタイルとともに変化するんです。おばあちゃんと同居したり、お子さんが大きくなって出ていったりする。本人たちは、その時点の生活スタイルで100点満点の家を望むのですが、数年経つと発想が変わることを気づかないのです。これについても、当時は対応のしようがないと思っていました。日本の住宅に共通するこれらの問題を解決したのは、のちにウェルネストホームを一緒に立ち上げる、早田宏徳との出会いでした。そして、彼とともに行ったドイツへの視察です。
■工務店がカビの研究をするドイツ
Q:早田さんの話やドイツ視察で気づいたことは何でしょうか?
早田と出会ったのは、ある建材メーカーのセミナーです。彼は、住宅の温熱環境や間取りに関して、ぼくが悩んでいた点を明快に答えてくれました。そこで、うちの会社でコンサルタントをやってもらえないかとお願いしました。コンサルをしてもらって特に印象深かったのが、2011年に彼の案内で訪れたドイツへの視察でした。驚いたのは、最初に「カビ」の研究所に連れて行かれたことです。ぼくは「こんな研究所じゃなくて早く家を見せてくれよ!」と思っていた。でもこれがすごく大事でした。
結露がカビを生み、カビのせいでアトピーを始めとするアレルギーが起きやすくなる。だからドイツでは、快適な住まいづくりを考える工務店は、まずカビを生やさないための研究を徹底的にするのです。ドイツではそれが常識でしたが、日本では自分も含めて、当たり前のように結露する家をつくり続けてきました。
それから1月に行ったので外は寒いのですが、建物の中はそれほど暖房器具が多くないのに暖かくて快適でした。そこからもわかるように、ドイツで家をつくる人たちの間で、断熱や省エネへの意識も常識になっていたんです。工務店の人からは、「ドイツで寒い家なんかつくったら、裁判に訴えらたら負けるよ」と言われました。日本の工務店とは、考えていることやこだわるポイントがぜんぜん違う。悔しいけれど、住む人の事を考えているという意味で向こうのほうがプロの仕事をしていることを実感しました。
■健康によく、長持ちする家
Q:なぜウェルネストホームを設立したのでしょうか?
ドイツから戻り、これまで自分がつくってきた家について考えました。その差は歴然です。ぼくは、お客さんの夢を実現してきたつもりだったのですが、将来にわたってお客さんの幸せをちゃんと考えていたわけではなかった。ドイツの基準で考えると、ぼくが建ててきたデザイン住宅は、素人の意見をそのまま取り入れて建てた家でしかなかったんです。
欧州では、家づくりを熟知したプロ中のプロが、健康で長く快適に暮らせる家を建てていました。だからお客さんに引き渡した後も、100年以上にわたって快適性に自信が持てる。ぼくもプロであるなら、せめてお客さんがローンを返す期間に何が起きるか予測して、健康によく長持ちする、住む人のためになる家づくりを手がけたいと、心の底から願ったのです。
香川の高松という地域は暖かいとされ、温熱環境なんて誰も考えてきませんでした。そういう土地でも、冬の寒さで人が家の中で倒れています。だから、この香川で温熱環境の素晴らしい住宅を建てて、なおかつビジネスとしてもうまくいけば、日本中の人にその重要性が理解してもらえるのではないかと考えました。そこで、早田と一緒にウェルネストホームの前身である低燃費住宅を、香川で設立しました。
■「売るための住宅」から、「日本を良くする家づくり」へ
Q:実際につくりはじめて、それまでとは何が変わりましたか?
ウェルネストホームを建てるようになって、一番変わったのはお客さんの満足度です。冒頭でデザイン住宅は、歳月とともに満足度が低下するという話をしました。でも、「暑くない」「寒くない」というウェルネストホームの温熱環境についての満足度は、1年目も5年目も変わりません。むしろ評価が高くなるんです。
またシンプルな設計にこだわっているので、生活スタイルの変化に対応して間取りを変更しやすいという特徴があり、その点でもご満足いただいています。その利点は、結露やカビが発生せず、長持ちする住宅だからこそ発揮できるのだと思います。お客さんからの紹介率が、デザイン住宅の時は2割ほどでしたが、いまは7割を越えていることからも、満足度の高さが伺えます。
また、つくり手としての意識も劇的に変わりました。自分の建てた家が、お客さんに喜んでもらえるだけでなく、世の中をよくすることにつながるなんて、こんなに素晴らしいことはありません。デザイン住宅をやっていた頃は、想像したこともないことです。当時は自分の会社を存続させることが大事で、お客さんに売れるものが正解だと思っていましたから。
ぼくはこれまでの日本の家づくりで見過ごされてきた、「健康」や「快適さ」という価値を高めていきたいと思っています。クラブヴォーバンを通じて、このような高性能な家の意味が全国に広がれば良いと思いますし、日本で間違いなく必要とされていると確信しています。そしてこれからは、住宅の基本性能が担保され、デザインに優れた住宅を造っていきたいですね。
2017年
12月
19日
火
第3回 西村 健佑(CVPTメンバー・在ベルリン調査員)
今回は、クラブヴォーバンのプロジェクトメンバーの一人であり、在ベルリン調査員・環境政策研究者の西村健佑さんです。
西村健佑さんは、ドイツ・ベルリンに在住し、ドイツを始め欧州の環境・エネルギー政策について調査、通訳、翻訳を手がけ、日本に正しい情報を伝える活動をされています。西村さんがドイツに留学した理由から、欧州で起きている環境政策の中で、いまもっとも興味深い動きについても伺ってきました。
■ドイツでエネルギー政策を学ぶまで
Q:西村さんは、学生のときになぜドイツへ留学されたのでしょうか?また、現在特にエネルギーの分野を専門としている理由について教えてください。
日本の私立大学で環境経済を学んでいた2004年に、ドイツが太陽光発電の導入量で世界一になり、それまで一位だった日本を抜いたというニュースを聞いて驚きました。そこでドイツの政策を詳しく調べると、環境を守ることと経済は両立が難しいので上手く回さなくてはいけないという考えではなく、むしろ環境について取り組むことで経済がうまくいくという考えのもとに政策がつくられていることがわかりました。そこで、英語もドイツ語もままならない状態でしたが、修士課程からドイツの大学で学ぶことにしました。
エネルギー政策の分野に関わった主な理由は、ドイツに行くきっかけが、太陽光発電がドイツでなぜこんなに伸びたたのかという理由を知りたかったからです。そしてドイツの指導教官がたまたま、気候変動を含めて環境、エネルギー政策の分野で著名な専門家であるミランダ・シュラーズ教授になったのも幸運でした。
■ドイツでの現在の仕事
Q:ドイツではどのような仕事をされていますか?
主にやっているのは、通訳と調査活動です。2016年までは貿易商社に就職して、調査部門で働きました。ドイツのエネルギー転換は、ドイツに住む人すべてが関わりを持ち、社会のあり方を一緒に変えていく壮大な取り組みです。そのため、政治、政策、市場、社会のすべての視点を持ってエネルギー転換を見ていく必要があります。こうした視点から、ドイツを中心としてエネルギー転換の動きを調査しています。
お客さんは、日本の政府関係、シンクタンク、民間のコンサル事業者などさまざまで、ドイツだけでなくヨーロッパ各国の環境政策の実態や、マーケティングに関わる市場の動向など、必要な情報をお客さんに提出しています。日本では、エネルギー政策を単体で考えることが多いのですが、ドイツは国にせよ地方自治体にせよ、まず気候変動政策があって、その下でエネルギー政策を決めていきます。その考え方を伝えることも大切だと思っています。
2017年からは独立して、基本的には個人で仕事を受けることにしています。最近は、大学の先生からの問い合わせも増えています。大学の場合は意義はあるのですが調査費が限られている場合が多い。そのようなときには企業では難しいですが個人なら引き受けることもできますから。
■ドイツにいなければわからない再エネの最新情報を日本に伝えたい
Q:クラブヴォーバンとの関わりや、どんなことをしているかについて教えてください。
クラブヴォーバンに参加したのは、2013年にメンバーがベルリンで合宿をするときからです。その数年前から村上敦さんや早田宏徳さんにはお会いしていましたが、実際に行動を起こして実践していく姿勢が魅力的に感じました。また、省エネ建築などについては詳しくなかったので、それも勉強になっています。
クラブヴォーバンの中では、メンバーがプロジェクトチームに分かれて取り組みを行っています。ぼくは再生可能エネルギーについてのチームに入っています。まだ立ち上がったばかりですが、ドイツにいなければわからない重要な動きを日本の皆さんに伝えていきたいと思います。
■ドイツのバーチャル発電所(VPP)や都市公社のしくみを日本にも
Q:いま、西村さんが特に興味を持っている分野は何でしょうか?
大きく言うと2つあります。ひとつはバーチャル発電所(VPP)です。小さな発電所をインターネットでつなぎ、まるで大きな発電設備のように使う技術です。再生可能エネルギーの設備は、ひとつひとつでは発電する量が不安定ですが、バーチャル発電所の技術を用いることでその不安定さを小さくすることができます。また、小さな発電所でも電力のやりとりができるようになることで、一般市民が参加できる仕組みになるというメリットもあります。
2つ目は、ドイツでは自治体が出資して地域のインフラに関わる事業をまとめる都市公社が、大きな存在感を持っています。これは「シュタットベルケ」と呼ばれます。日本でも、自治体が出資する新電力会社が生まれてきたので、その動きをサポートしながら、地域活性化に役立てていければいいですね。日本とドイツとでは社会環境もかなり違うので、いまは日本でできることを整理していく段階です。
エネルギーを含めたインフラは、暮らしに欠かせないものです。欧州では、単に短期的に得だからとそれを民間事業者に譲るくらいなら、多少負担しても自分たちの地域で運営していこうという覚悟があります。日本でも、自分たちの地域に適した選択肢を選ぶことで、身近な人たちから信頼される組織に育っていくのではないかと考えています。それをお手伝いできたらいいですね。
2017年
12月
08日
金
第2回 早田 宏徳(CV代表理事・(株)ウェルネストホーム創業者・CEO)
今回は、村上敦さんとともにクラブヴォーバンを創設した、代表理事の早田宏徳さん。
早田さんは長年、日本でトップクラスの「高品質の住宅」を手がけてきました。ところが、ドイツへの視察を機にその自信がもろくも崩れます。クラブヴォーバンの住宅部門である「ウェルネストホーム」誕生のきっかけから、ドイツで受けた衝撃、そして今後の目標などについて伺いました。
■日本最高クラスの省エネ住宅の開発をめざす
Q:性能の良い住宅づくりをめざすきっかけは何だったのでしょう?
もともと父が、塗り壁などを担当する左官屋でした。子どもの頃からその姿を見てきたので、ぼくも自然と家づくりに興味を持ちました。そして18歳から建築業界で働きはじめます。最初に就職したのはいわゆるローコストメーカーだったのですが、すぐに何かおかしいなと感じました。父が手がけていたのは数寄屋造りなど立派な家で、100年以上長持ちするものでした。一方、この会社の建てる家は30年くらいで壊れてしまうのです。当時の社長に「ぼくはこんな家を売りたくないから、長持ちする家をつくらせてほしい」と言ったこともあります。
22歳のときに、仙台にある別の会社の素晴らしい社長さんと出会い、そこで望んでいた地震に強くて長持ちする家づくりをさせてもらえるようになりました。東北大学などと共同で研究しながら、当時の日本ではトップクラスの「高品質な家」をつくり続けたことで、国からも表彰されましたし、地元でも評判が高かったんです。実際、その後の東日本大震災の地震では、ぼくらが建てた家の被害はほとんどありませんでした。
そんなことで、自分たちが世界に誇れる高性能な家を建てているという自負はありました。ところがドイツ在住の村上敦さんとの出会いが、その培ってきた自信を打ちのめします。講演会を通じて出会った村上さんに案内してもらって、ドイツの建築を視察しました。
そしたら、ぼくが12年間かけて研究して建てた最高レベルの家だと思っていたものが、ドイツでは温熱環境では建築基準法以下の、つくってはいけないレベルの家だったんです。日本のトップは、ぜんぜん世界のトップじゃなかった。日本人はいつからか、自分たちが世界のトップだと勘違いして、世界から学ぶことをやめてしまったのかもしれません。日本はこんなに遅れているのかと気づいたことで、家づくりでめざす方向性が定まりました。
■「生きているうちに、こんな街を日本でつくりたい」
Q:なぜクラブヴォーバンを立ち上げたのでしょうか?
住宅よりも驚いたのは、まちづくりです。村上さんが暮らすフライブルクという町にあるヴォーバン住宅地があまりに素晴らしくて、「自分が生きているうちに、こんな町を日本で作りたい」と夢を語りました。そうしたら村上さんから、世の中を変えたいと思っている仲間たちが集まる非営利のサロンを一緒につくらないかと言われ、一緒に資金を出し合ってクラブヴォーバンを立ち上げることになりました。
ヴォーバンの町のすごさは、まず住民が生き生きしていることです。車が走っていないから、お母さんが見守っていなくても子どもが安全に路上で遊べるし、住民間のコミュニティがしっかりしていて、どの世代の人でもにこにこして暮らしている。しかも、その町を住民たち自身が議論しながらつくっていったというのがさらにすごいと思いました。たくさんの緑の中で安心してのびのび暮らしている雰囲気が、閉塞感にあふれ不安だらけになっている日本の町とはぜんぜん違うと感じました。こんな町がいつか日本にもできたら、もっと幸せになるんじゃないかって思ったんです。
■日本で持続可能なまちづくりを実現したい
Q:早田さんは、クラブヴォーバンで何をしているのでしょうか?
ぼくとしては、村上さんが提案するような持続可能な社会を、日本に迅速に広めるサポートができればいいと考えてきました。私の専門は建築なので、特にその分野で進めています。これからのカギを握るのは自治体です。「持続可能な発展を目指す自治体会議」でも、省エネ建築や改修について勉強したいという要望を受けて、それぞれの自治体さんに説明にいくなどの協力をしています。
例えば北海道のニセコ町さんなどは、もともと省エネ改修をやっていたのですが、クラブヴォーバンと関わったことでそのスピードが上がり、自分たちのやってきたことに自信を持てるようになったと言っていただきました。自治体が積極的に動くことで、その地域の工務店も省エネ建築にシフトせざるをえなくなりますから、非常に大きな効果が期待できます。このようなネットワークを広げることで、日本で持続可能なまちづくりを実現できたらいいと思っています。
ドイツを始めとする欧州では、ITの利用はもちろん、電気を熱に換えたり、EVなど交通に利用したりといった部分で、凄まじい進化をしています。クラブヴォーバンには、村上さんを始め、ドイツのエネルギーや交通、建築、まちづくりなどさまざまな分野で活躍する方が携わっているので、日本にはまったく届いていないドイツの一次情報をものすごく早く手に入れることができます。それも自治体会議などに参加していただくメリットになっています。
■先進的な取り組みが大手ハウスメーカーにも
Q:日本の建築業界では、省エネ住宅は増えてきたのでしょうか?
社会で省エネ住宅の必要性とか、省エネ意識を変えるという意味では、クラブヴォーバンを立ち上げた2008年の頃と比べると確実に変わったという手応えがあります。そしてその一翼を、私たちも担えたのではないかという自負もあります。とは言え、本当に社会に浸透しているかというとまだまだたくさんの課題があるので、この歩みを止めるわけにはいきません。
先日、旭化成ホームズさんと資本提携をして、結露やカビの発生しない家づくりのためにデータを共有することになりました。あんな大企業が、うちみたいな小さな会社と組んでくれるなんて、通常では考えられないことです。これも、これまで行ってきた先進的な取り組みが評価された証なのかもしれませんね。
2017年
11月
10日
金
第1回 村上 敦(CV代表/設立者・環境ジャーナリスト)
ノンフィクションライターの高橋真樹です。これから、各地で活躍されているクラブヴォーバンの中心メンバーがどんな人物でどんなことをやっているかについて、インタビューを通しておひとりずつ紹介していきます。
1回目となる今回は、クラブヴォーバンの設立者の一人である村上敦さんです。ドイツ在住の環境ジャーナリストとして活躍されている村上さんが、ドイツで働いて感じた日本とのギャップや、クラブヴォーバンを設立した思いなどについてお聞きしました。
■ドイツで環境やエコロジーに興味を持つ
Q:まず、村上さんがなぜドイツで働こうと思ったかについて教えて下さい。
ドイツに行ったのは今から20年前の26歳の頃です。もともと、海外の会社で働いて見識を広めたいという思いはありましたが、何か具体的な明確なビジョンがあったわけではありません。当時たまたま社会的なテーマになっていた環境やエコロジーといった分野で、調べるとドイツが最先端を行っていたことが、興味を持った最大の理由です。
■ドイツで環境、エネルギー分野の政策が進んでいく理由
Q:長年ドイツ社会で暮らして、日本との違いを感じるのはどんな所でしょうか?
環境やまちづくりといった分野で仕事を続ける中、もっとも大きな違いを感じるのは、「演繹的な考え方」です。まずは目標を設定して、それを実現するために逆算して、今何をすべきかを決めるということですが、それが社会全体に広く浸透しています。
環境、エネルギーの分野についても、ドイツは数年間の議論を経て2010年には、2050年の段階でどんな社会を目指すかというビジョンを決めています。それに向かって各分野で目標を達成するために行動することが決まっているから大胆動くことができています。もちろんドイツだって完璧なわけではありませんし、経済界への配慮による妥協や行動が足りていないところも多々あります。ただし、この分野において何らかの物事を進める際に、2050年のあるべき姿に1ミリでも近づいているような手ごたえがあります。
日本社会はどちらかといえばいきあたりばったりというか、「今がこうだからこれくらいできるだろう」、という積み上げる発想でやっているように思います。どちらが良いというわけではなく、トヨタ社の「カイゼン」に代表されるように細かい改良をするのは得意なんです。でもそのやり方では2050年のビジョンを包括的に決めて社会を動かしていくのは難しいと思います。
■「持続可能なまちづくり」をめざす人たちが集える「場」づくりを
Q:クラブヴォーバンを立ち上げた理由は何でしょうか?
統計を見れば明らかですが、日本の状況は持続可能な姿とはとても言えません。とくに人口減少なんて、いま40代半ばのぼくが生まれたときには少子化が始まっていて、将来的にドンドンと減っていくことが確実だったのに、結果につながるような対策が何もほどこされてきませんでした。他の国でも同じような課題に直面しながら、対策がそれなりの成果を上げている例もある。そうした取り組みを参考にしながら、持続可能なまちづくりについて提案したいと考えました。
クラブヴォーバンで目指したのは、何らかの事業を営む団体を立ち上げるというよりも、サロンのような場づくりです。名門大学や大手企業の一部には、学生や社員、OB・OGが特に目的がなくてもその場所に来れば、多様な分野で活躍している異業種の人たちと関係を築ける集いの場があります。そこから新しいビジネスが生まれてきたりする。
持続可能性をテーマにしている人たちが、そういうことをやれる場所があったら、新しい動きにつながるのではと思いました。当初は仲間に住宅や建築の関係者が多かったことから、省エネ建築の分野でいろんなノウハウを提供したり、各社が協力して共同出資による会社やブランドを立ち上げることに発展しました。
■高断熱・高気密の省エネ建築の分野で社会の関心が拡がる
Q:設立からまもなく10年ですが、どのような手応えを感じているでしょうか?
この10年間で最も大きく変わったのは、省エネ建築の分野です。高断熱・高気密、日射取得・遮蔽などそれに関わる工務店や建築家の数は確実に増えていますし、社会的に注目されるようにもなりました。その意味では、ぼくたちも社会を変える一翼を担えたのではないかという手応えはあります。
ただ、マイカーのみではない徒歩・自転車・公共交通の充実や緑地設計を含めた都市計画の分野では、社会が良い方向に進展したとは言えません。今後は、その分野に力を入れていきたいと考えています。
■全国の自治体の課題解決をサポートする
Q:2015年に、「持続可能な発展を目指す自治体会議」を立ち上げたのも、そうした背景からでしょうか?
クラブヴォーバンではこれまで、持続可能な社会を願う民間の企業家の人たちが集まり、サロンとして盛り上がって様々なプロジェクトが実施されてきました。もう一つの柱として、先進的な自治体が出会い、学び、交流できる場をつくろうと考えました。特にそれほど人口が多くない自治体は、情報がなかったり、環境やエネルギー政策の担当者、専門家もいなかったりする。そこで、ぼくらがノウハウを投げ込んで、エネルギー問題や都市計画を含めた地域の課題解決につなげてもらえればと思ったのです。
2017年11月現在、熱心に参加いただいている全国でも先進的な小規模の自治体さんはすでに7自治体になります(オブザーバー含まず)。
日本社会の課題は明確で、解決策も多くのケースであるのです。その方向性が経済性を持たなければ実現が難しいかもしれませんが、これも多くの場合で経済性をすでに持っています。やろうとすればやれることはあるのに、なかなかそういう方向に動いていきません。国全体が動いていかない中で、まずはすでに動いている、あるいは動こうとしている自治体の人たちと一緒に、できることからやっていこうということです。でも本当は、すべての自治体、あるいは全ての分野の人たちが持続可能な方向に舵を切らないといけないときが来ているのではないでしょうか。
高橋 真樹(たかはし まさき)
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70ヶ国以上をめぐりながら、サステナブルな社会をめざして取材をつづける。著書に『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)、『そこが知りたい電力自由化〜自然エネルギーを選べるの?』(大月書店)、『観光コースでないハワイ』(高文研)、『ぼくの村は壁に囲まれた〜パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)など多数。地域のエネルギー事業を伝える「全国ご当地エネルギーリポート」、低燃費住宅での暮らしを実況リポートする「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」を連載中。